・・・そうしてわたくしの恋愛を潔く、公然と相手に奪われてしまおうと存じました。」「それが反対になって、わたくしが勝ってしまいました時、わたくしはただ名誉を救っただけで、恋愛を救う事が出来なかったのに気が付きました。総ての不治の創の通りに、恋愛・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・彼等の中には、他に幾つも別荘を所有する者もあって、たゞ一つという訳でなく、所有欲より、すべての山林、畑地の名儀にて登記し、公然、脱税せるものもあるのだ。かりに、これを借りることも、規律正しく使用するに於ては、ために一木一草を損うことなくすむ・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・お君の関心が豹一にすっかり移ってしまったので、安二郎は豹一の存在を徳とし、豹一の病気を本能的に怖れていても公然とはいやな顔をしなかった。 しかし豹一は二月も寝ていなかった。絶えず何かの義務を自分に課していなければ気のすまぬ彼は、無為徒食・・・ 織田作之助 「雨」
・・・を喜ばしたのは、師もまた洒落るか、さればわれもまた洒落よう、軽佻と言うならば言え、浮薄と嗤うならば嗤え、吹けば飛ぶよな駄洒落ぐらい、誰はばかって慎もうや、洒落は礼に反するなどと書いた未だ書も見ずという浩然の気が、天のはしたなく湧いて来たこと・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・と登勢の顔を見るなり言うのには、じつは手前どもはもう三年前からこちらの御主人にお世話をしていただいておりましたが、一度御寮人様にそのことでお詫びやら御礼かたがた御挨拶に上らねばと思いながらもつい……。公然と出入りしようという図太い肚で来たの・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ もう昂然とした口調だった。「ふうん」 小沢は何か情けなかった。「――好きな男と……?」「好きな男なんかあれへん」「じゃ。嫌いな男とか……?」「嫌いな男もあったわ」「嫌いな男とどうしてそんなことをするんだ?」・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・艶文を贈って返事が来ると、二人の仲は公然と認められ、男の子は相手を「おれの娘」とよび女の子は「あたいの好い人」とよび、友達に冷やかされてぽうっと赫くなってうつむくのが嬉しいのだった。 安子が毎朝教室へ行って机を開けると何通もの艶文がはい・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・ あらず、あらず、彼女は犬にかまれて亡せぬ、恐ろしき報酬を得たりと答えて十蔵は哄然と笑うその笑声は街多き陸のものにあらず。 二郎は頭あげて、しからばかのふびんなる少女もついには犬にかまるべきか。 犬や犬や浮世の街にさすろうもの犬・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 私の黙っているのを見て、武はいまいましそうに舌打ちしましたが、『すぐ公然の女房になされ』『女房に?』『いやでござりますか?』『いやじゃないが、今すぐと言うたところで叔母が承知するかせんかわからんじゃないか』『叔母さ・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・何様も十分調べて置いてシツッコク文字論をするので講者は大に窘められたのでしたが、余り窘められたのでやがて昂然として難者に対って、「僕は読書ただ其の大略を領すれば足りるので、句読訓詁の事などはどうでもよいと思って居る」など互に鎬を削ったもので・・・ 幸田露伴 「学生時代」
出典:青空文庫