・・・守衛は何人か交替に門側の詰め所に控えている。そうして武官と文官とを問わず、教官の出入を見る度に、挙手の礼をすることになっている。保吉は敬礼されるのも敬礼に答えるのも好まなかったから、敬礼する暇を与えぬように、詰め所を通る時は特に足を早めるこ・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・ 杖を径に突立て突立て、辿々しく下闇を蠢いて下りて、城の方へ去るかと思えば、のろく後退をしながら、茶店に向って、吻と、立直って一息吐く。 紫玉の眉の顰む時、五間ばかり軒を離れた、そこで早や、此方へぐったりと叩頭をする。 知らない・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・渠は明治二十七年十二月十日の午後零時をもって某町の交番を発し、一時間交替の巡回の途に就けるなりき。 その歩行や、この巡査には一定の法則ありて存するがごとく、晩からず、早からず、着々歩を進めて路を行くに、身体はきっとして立ちて左右に寸毫も・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・人形使 口上擬に、はい小謡の真似でもやりますか。夫人 いいえ、その腐った鯉を、ここへお出しな。人形使 や。夫人 お出しなね。刃ものはないの。人形使 野道、山道、野宿だで、犬おどしは持っとりますだ。(腹がけのどんぶりより、・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・馬はずるずる後退しそうになる。石畳の上に爪立てた蹄のうらがきらりと光って、口の泡が白い。痩せた肩に湯気が立つ。ピシ、ピシと敲かれ、悲鳴をあげ、空を噛みながら、やっと渡ることができる。それまでの苦労は実に大変だ。彼は見ていて胸が痛む。轍の音が・・・ 織田作之助 「馬地獄」
・・・ 看護手交代! 用意! 担え!」 号令を掛けたのは我衛生隊附のピョートル、イワーヌイチという看護長。頗る背高で、大の男四人の肩に担がれて行くのであるが、其方へ眼を向けてみると、まず肩が見えて、次に長い疎髯、それから漸く頭が見えるのだ。・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・そのうちに夜が明けたので、看護婦を休ませて交替しました。病人は余程その看護婦が気に入らなかったと見えて、すぐ帰して仕舞えと言います。私が暫く待てと言っても彼はきき入れようとはしません「イヤ、帰して下さい。病人の扱い方を知らぬのだもの、荒々し・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ 彼は、その時の情景をいつまでもまざまざと覚えていた。 どこからともなく、誰れかに射撃されたのだ。 二人が立っていたのは山際だった。 交代の歩哨は衛兵所から列を組んで出ているところだった。もう十五分すれば、二人は衛兵所へ帰っ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 栗本は、長い夜を町はずれの線路の傍で、幾回となく交代しつゝ列車の歩哨に立った。朝が来るのを待って兵士達は、それに乗りこんで出発するのだ。寒気は疼痛をもって人に迫ってきた。警戒所でとった煖炉の温度は、扉から出て二分間も歩かないうちに、黒・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・負傷をして、脚や手を切断され、或は死んで行く兵卒を眼のあたりに目撃しつゝ常に内地のことを思い、交代兵が来て、帰還し得る日が来るのを待っていた。 交代兵は来た。それは、丁度、彼等が去年派遣されてやって来たのと同じ時分だった。四年兵と、三年・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
出典:青空文庫