・・・マーニャが世間によくある若い女のように自分の境遇にまけて、一軒でもお顧客をふやそうとあくせくしたり、相手の御機嫌を損じまいと気色をうかがったりする卑屈さを、ちっとも持たなかったということは面白いところです。生活の必要から家庭教師をしているけ・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・小さい商売を定った顧客対手にしつつ、その間で金を蓄めようとする小売商人は根性がどうも立派でない。避暑地や遊覧地の商人と共通な或るものをもっている。その絶間なく小さい狡いことをされる顧客の大部分がまた過去に於てせくせく蓄めた金をもって引込んで・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・これでお顧客さえふえりゃ堂々たるもんだわ」「ベビー服で降参するだろうって云った人だあれ。せいぜい紹介してよ」 ピンを肌に刺さないように、そしてまた折角さしたピンを落してしまわないようにと、むき出しの両腕を揃えて頭の上へ高くあげ、それ・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・「そりゃ市内からいらしっちゃ蕎麥や鮨は駄目です」「こんなのっきゃないのかい」「何にしろ一軒ぎりですからね」「ふうむ――いい店出したって立ち行かないんだろうね」「顧客の数がきまってますからね――若旦那、御卒業なすったらこち・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・「私に充分正当の理由のある衝突でこうやっているのに、顧客まで失くしちゃいられないわ、ねえ」 彼女は、自分のところへ来た注文はどんな小さいものでも、洩れなくアーニャにダーリヤの二階まで運ばせた。彼等夫婦の間には他人の理解出来ない特別の・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫