・・・ホヤの中にほうっと呼気を吹き込んでおいて棒きれの先に丸めた新聞紙できゅうきゅうと音をさせて拭くのであった。 その頃では神棚の燈明を点すのにマッチは汚れがあるというのでわざわざ燧で火を切り出し、先ずホクチに点火しておいてさらに附け木を燃や・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・ ガラス面に水滴の着く事に関してはいわゆる「呼気像」の問題として従来多少の研究があった。特に近来の表面化学の進歩につれてかなりまで解答の糸口が得られかかったようではある。しかし具体的の諸問題について追究すべき事がらはまだ非常に多い。私の・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・と奴はこきやがった。―― 私は橋板上へ、坐り込んでしまった。 足と、頭の痛さとが、私を、私と同じ量の血にして橋板へ流したように、そこへ、べったりへたばらしてしまった。 ――畜生!――「セキメイツ! 人間の足が痛んでるんだ。分・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・イデオロギーとか社会史観とか、こき出されたそういうものがいった。そういう整理道具なしに日常現実に体ごとはまったまま、それを作品化してゆくだけの力がなかった。足をとられるから、つかまるものがいりました。インテリゲンツィアの場合でみれば、野間宏・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・で朝から夜までこき使われる者、理由もなく殴られ得る下積の存在として、天質の豪気さ、敏感さ、熟考的な傾向と共に、少年ゴーリキイの生活及び人間に対する観察力は非常に発達している。殆ど辛辣でさえある。現実は強く彼を鍛え、書物に対する判断、芸術にお・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ こんな事をひっかかる様な口調で云って、肩をこきざみにふるわして笑った。それから二人でわけもなく笑い合いながらお風呂場に行った。「顔を洗うだけネ」 廊下でこんな事を云ったのに、あの何とも云われないお湯の香り、おだやかな鏡の光り、・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫