・・・こういうふうに人間の個性をなくしているところは全く軍隊式である。年じゅうこのとおりだったら梟やたぬきのような種類の人間にはさぞ都合が悪いことであろうと思われたのであった。これはこの映画を見たときにちょっとそう思ったことである。 この映画・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 赤白マダラの犬は、主人の呼声を知らぬふりで飛び跳ねながら、並樹土堤から、今度は一散に麦畑の中へ飛び込んで来た。麦の芽は犬に踏みにじられて無惨に、おしひしゃがれ、首を折って跳ねちらかされた。 そんとき、善ニョムさんは、気がついてびっ・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・ 外へ出ると、人の往来は漸く稠くなり、チョイトチョイトの呼声も反響するように、路地の四方から聞えて来る。安全通路と高く掲げた灯の下に、人だかりがしているので、喧嘩かと思うと、そうではなかった。ヴィヨロンの音と共に、流行唄が聞え出す。蜜豆・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・吾は時勢の影響を受けているから、しかじかの理想に属するものを好むと云うならばそれでよろしい。吾は個性としてかくかくの理想の下に包含せらるべきものを択むと云うならば、それで勘弁してもよい。好悪は理窟にはならんのだから、いやとか好きとか云うなら・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・前申した、仕事をして何かに掘りあてるまで進んで行くという事は、つまりあなた方の幸福のため安心のためには相違ありませんが、なぜそれが幸福と安心とをもたらすかというと、あなた方のもって生れた個性がそこにぶつかって始めて腰がすわるからでしょう。そ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・かかる世界的世界に於ては、各国家民族が各自の個性的な歴史的生命に生きると共に、それぞれの世界史的使命を以て一つの世界的世界に結合するのである。これは人間の歴史的発展の終極の理念であり、而もこれが今日の世界大戦によって要求せられる世界新秩序の・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・たとへば日蓮は日蓮の個性に於て、親鸞は親鸞の個性に於て、同じ一人の釈迦を別々に解釈し――ああいかに彼等の解釈がちがつてゐたか。――そして私らは私らの個性に於て、私ら自身の趣味にふさはしいところのゲーテやシヨパンを、各自に別々に理解するまでの・・・ 萩原朔太郎 「装幀の意義」
・・・ これを要するに、開進の今日に到着して、かえりみて封建世禄の古制に復せんとするは、喬木より幽谷に移るものにして、何等の力を用うるも、とうてい行わるべからざることと断定せざるをえず。目今その手段を求めて得ざるものなり。論者といえども自から・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・勿論、その人の個性はあるが、それは捨てて了って、その人を純化してタイプにして行くと、タイプはノーションじゃなくて、具体的のものだから、それ、最初の目的が達せられるという訳だ。この意味からだと『浮雲』にもモデルが無いじゃないが、私のいうモデル・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・性には人格もあり個性もある。特に女性は人間的な要素が多い。その要素を無視して、性器だけの交渉に中心をおくならば、すべての性的な行為は売娼の本質と等しくなってしまいます。なぜなら、そこに、人間的な選択、完全な結合、愛、同感、互の運命への責任等・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
出典:青空文庫