・・・泡立つ杯は月の光に凝りて琥珀の珠のようなり。二郎もわれもすでに耳熱し気昂れり。月はさやかに照りて海も陸もおぼろにかすみ、ここかしこの舷燈は星にも似たり。 げに見るに忍びざりき、されど彼女自ら招く報酬なるをいかにせん、わがこの言葉は二郎の・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・この頃主人政元はというと、段魔法に凝り募って、種の不思議を現わし、空中へ飛上ったり空中へ立ったりし、喜怒も常人とは異り、分らぬことなど言う折もあった。空中へ上るのは西洋の魔法使もする事で、それだけ永い間修業したのだから、その位の事は出来たこ・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・三つ、四つと紹介をしているうちに、読者にも、黄村先生の人格の全貌 黄村先生が、山椒魚なんて変なものに凝りはじめた事に就いては、私にも多少の責在りとせざるを得ない。早春の或る日、黄村先生はれいのハンチング(ばかに派手な格子縞そのハンチング・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・馬場の蒼黒い顔には弱い西日がぽっと明るくさしていて、夕靄がもやもや烟ってふたりのからだのまわりを包み、なんだかおかしな、狐狸のにおいのする風景であった。私が近づいていって、やあ、と馬場に声をかけたら、菊ちゃんが、あ、と小さく叫んで飛びあがり・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・それは、殆んど狐狸性を所有しているものたちである。潔癖などということは、ただ我儘で、頑固で、おまけに、抜け目無くて、まことにいい気なものである。卑怯でも何でもいいから勝ちたいのである。人間を家来にしたいという、ファッショ的精神とでもいうべき・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・犬に飽きて来たら、こんどは自分で拳闘に凝り出した。中学で二度も落第して、やっと卒業した春に、父と乱暴な衝突をした。父はそれまで、勝治の事に就いては、ほとんど放任しているように見えた。母だけが、勝治の将来に就いて気をもんでいるように見えた。け・・・ 太宰治 「花火」
・・・こういう点で細かいくふうをするのがどこか六代目菊五郎の凝り方と似たところがありはしないか。もっとも日本人菊五郎はくふうを隠すことに骨を折りドイツ人ヤニングスはくふうを見せる事をつとめているという相違はあるかもしれない。 心理的にはかなり・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・あまり凝りすぎてもからだにさわるから午前だけにしたいと思ったが、午前中に一段片付けたつもりで昼飯を食いながらながめていると間違った所が目について気になりだす、もう一筆と思ううちにとうとう午後の時間が容赦なくたってしまう。 それでも少しず・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・肩の凝りが解けたような気がする。 事実はよくわからないが、伝うるところによるとこの象は若い時分に一度かんしゃくを起こして乱暴をはたらいた事があるらしい。それがどういう動機でまたどういう種類の行為であったかを確かめる事ができないのであるが・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
安井氏の絵はだんだんに肩の凝りが解けて来たという気がする。同時にだんだん東洋人らしいところが出て来るように見える。もう一歩進むと結局南画のようなものに接近する可能性を持っているのではないかと思われる。あの裸体の少女でも、あ・・・ 寺田寅彦 「二科会その他」
出典:青空文庫