・・・弾んで、イガごと落ちて来た。ころころ一尺ばかりの傾斜を隣の庭へ転げ込みそうになる。一太は周章てて下駄で踏みつけた。一つの方からは大抵色づいた栗が二つ出た。もう一つのイガの青い方からは、白っぽい、茶色とぼかしに成った奴が出て来た。一太は手にの・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ 私は眼をあげて、隣家の屋根の斜面に、ころころとふくれて日向ぼっこをして居る六七羽の雀の姿を見た。或ものは、何もあろうと思われない瓦の上を、地味な嘴でつついて居る。 暫く眺めて後、私は、箱に手を入れて一掴みの粟を、勢よく、庭先に撒い・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・いるところへ、一列に並んで腰をおろしていた従弟たちの一人が、やがて急に何を思いついたのか、一寸中学の制帽をかぶり直すとピーッと一声つんざくような口笛を鳴らして、体を横倒しにすると、その砂丘の急な斜面をころころ、ころころと、遠い下まで転って行・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・もう死ぬものと覚悟したら少しは度胸が据ったので、三越の窓を見ると、売場ふだをかけてあるのがまるでころころ swing して居、番頭が、模様を気づかってだろう、窓から首を出したり引込めたりして居る、そうかと思うと、夫婦でしっかり抱きあって居る・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・己は騎兵科で、こんな服を着て徒歩をするのはつらかったが、これがあれば、もうてくてく歩きはしなくっても好いと云って、ころころしていた司令官も、随分好人物だったね。あれから君は驢馬をどうしたね。」記者が通訳あがりに問うたのである。「なに。十・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・と、こう梶は不精に答えてみたものの、何ものにか、巧みに転がされころころ翻弄されているのも同様だった。「今日お伺いしたのは、一度御馳走したいのですよ。一緒にこれから行ってくれませんか。自動車を渋谷の駅に待たせてあるのです。」と、栖方は云っ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫