・・・ 千歳という岬端の村で半日くらい観測した時は、土地の豪家で昼食を食わしてもらった。生来見たことのない不気味な怪物のなますを御馳走になった。それがホヤであった。海へはいって泳いでみたら、恐ろしく冷たいので、ふるえ上がってしまった。そこから・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・蕪村七部集が艶麗豪華なようで全体としてなんとなく単調でさびしいのは、吹奏楽器の音色の変化に乏しいためと思われる。芭蕉の名匠であったゆえんは極端から極端までちがった個性の特長を正当に認識して活躍させた点にあるので、統率者の死後これらが四散しけ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・私はまた洗練された、しかしどれもこれも単純な味しかもたない料理をしばしば食べた。豪華な昔しの面影を止めた古いこの土地の伝統的な声曲をも聞いた。ちょっと見には美しい女たちの服装などにも目をつけた。 この海岸も、煤煙の都が必然展けてゆかなけ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・しかも田舎にて昔なれば藩士の律儀なる者か、今なれば豪家の秘蔵息子にして、生来浮世の空気に触るること少なき者に限るが如し。これらの例をかぞうれば枚挙にいとまあらず。あまねく人の知るところにして、いずれも皆人生奇異を好みて明識を失うの事実を証す・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・小説の単行本が売れないといわれて来てから、出版屋は一昨年あたり、いわゆる豪華版というものの濫発をやった。高くて綺麗な本でなけりゃこの頃は売れません。つまり、本の内容からは何も大して期待しない、金のある人だけがこの頃は本を買い、自分たちの日常・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
最近豪華版とか、限定版とか称する書籍を見る。少い部数で、一々本の番号を付し、非常に立派な装幀で、一見洵に豪華なものである。限られた少数の富裕な見手を目当てにしたものだろう。私達から見れば此上なく意味のないもので、読んで見て・・・ 宮本百合子 「業者と美術家の覚醒を促す」
・・・ 昔、北原白秋が羊皮にサファイアやルビーをちりばめた豪華版の詩集を出す広告をしたことがあった。実現したかしなかったのか知らない。白秋のロマンティシズムに、九州柳川の日が照って、桐の花がちりかかっていたように、その頃の、きれいな本をつくり・・・ 宮本百合子 「豪華版」
・・・ ルネッサンスの表は、華麗豪華な厚肉浮彫の歴史であるが、その陰の部分には封建性が濃くのこっていた。例えばレオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザはどういう笑いを今日にのこしているだろうか。モナ・リザの微笑は、それが描かれた時代から謎のほほ笑・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ 原あさを 仙台かどこかの豪家の娘 母一人、娘一人 歌をよむ。 ひどく小さい、掌にでものりそうな女 男なしに生きられぬ女 さみしさから、下らない男のところへでも写真などやる。よい人は――男は――そ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・どんな仕掛けがあったろう。どんな豪華な衣裳があったろう?「D《デー》・E《エー》」には茶色の木の塀と、幾枚かの木の衝立があっただけだった。登場人物は白と黒との統一であった。「森」の舞台には、ひとすじの思い切って長く美しい線をもった木橋と、小・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
出典:青空文庫