・・・ そんなに沈んだ泣いた眼をして居ると御前の美くしさは早く老いてしまうから――誰かが御身をつらくしたなら私は自分はどうされても仇をうってあげるだけの勇気を持って居るのだよ。精女 誰にもどうもされたのではございませんけれ共――今ここに参りま・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・の問題は、文学作品の形をとっていたから、文学者たちの注目を集め、批判をうけましたが、ひきつづきいくつかの形で二・二六実記が出て来たし、丹羽文雄の最後の御前会議のルポルタージュ、その他いわゆる「秘史」が続々登場しはじめました。なにしろあの当時・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 昨夜スウェルドロフスキー時間の午前一時頃ノヴォシビリスクへ。モスクワでウラジヴォストクまでの切符を買う時ノヴォシビリスクで途中下車をするようにしようかとまで思ったところだ。新シベリアの生産と文化の中軸だ。真夜中で〇・一五度では何とも仕・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
木村は官吏である。 ある日いつもの通りに、午前六時に目を醒ました。夏の初めである。もう外は明るくなっているが、女中が遠慮してこの間だけは雨戸を開けずに置く。蚊の外に小さく燃えているランプの光で、独寝の閨が寂しく見えている。 器・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・かくて直ちに清兵衛が嫡子を召され、御前において盃を申付けられ、某は彼者と互に意趣を存ずまじき旨誓言いたし候。しかるに横田家の者どもとかく異志を存する由相聞え、ついに筑前国へ罷越し候。某へは三斎公御名忠興の興の字を賜わり、沖津を興津と相改め候・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・かくて直ちに相役の嫡子を召され、御前において盃を申つけられ、某は彼者と互に意趣を存ずまじき旨誓言致し候。 これより二年目、寛永三年九月六日主上二条の御城へ行幸遊ばされ、妙解院殿へかの名香を御所望有之、すなわちこれを献ぜらる、主上叡感有り・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・「旦那さん。御膳が出来ましたが。」 婆あさんに呼ばれて、石田は朝飯を食いに座敷へ戻った。給仕をしながら婆あさんが、南裏の上さんは評判の悪者で、誰も相手にならないのだというような意味の事を話した。石田はなるたけ鳥を伏籠に伏せて置くよう・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・その日は日曜日の午前で天気が好かった。ユリアはやはり昔の色の蒼い、娘らしい顔附をしている。ただ少し年を取っただけである。ツァウォツキイが来た時、ユリアは平屋の窓の傍で縫物をしていた。窓の枠の上には赤い草花が二鉢置いてある。背後には小さい帷が・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・青々とした蔓草の巻き付いている、その家に越して来た当座の、ある日の午前であった。己の部屋の窓を叩いたものがある。「誰か」と云って、その這入った男を見て、己は目を大きくみはった。 背の高い、立派な男である。この土地で奴僕の締める浅葱の・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・ しかしこの美しさは、せいぜい午前十時ごろまでしか持たない。小枝の上にたまった雪などは非常に崩れやすく、ちょっとした風や、少しの間の日光で、すぐだめになってしまう。枝の上の雪が崩れ始めれば、もう雪景色はおしまいである。だから市中に住んで・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫