・・・しかし、私は大いに勇を鼓してお櫃から御飯をよそって食べた。何たることか裕然と構えて四杯も平げたのである。しかもあとお茶をすすり、爪楊子を使うとは、若気の至りか、厚顔しいのか、ともあれ色気も何もあったものではなく、Kはプリプリ怒り出して、それ・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・「私もおかしいなと思ったんですけど、とにかく主人が来いというのですから、子供に晩御飯を食べさせている途中でしたけど、あわてて出て来たんです」 乱れた裾をふと直していた。「御主人だということは判ったんですね」 新吉はふと小説家・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・鹿どもは毎日雨戸をあけるのを待ちかねては御飯をねだりに揃ってやってきた。若草山で摘んだ蕨や谷間で採った蕗やが、若い細君の手でおひたしやお汁の実にされて、食事を楽しませた。当もない放浪の旅の身の私には、ほんとに彼らの幸福そうな生活が、羨ましか・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
・・・「伯母さんだって世帯人だもの、今頃は御飯時で忙しいだろうよ」と言ったものの、あまり淋しがるので弟達を呼ぶことにしました。 弟達が来ますと、二人に両方の手を握らせて、暫くは如何にも安心したかの様子でしたが、末弟は試験の結果が気になって落ち・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・知らんとおったのが御飯を食べるとき醤油が染みてな」義母が峻にそう言った。「もっとぎうとお出し」姉は怒ってしまって、邪慳に掌を引っ張っている。そのたびに勝子は火の付くように泣声を高くする。「もう知らん、放っといてやる」しまいに姉は掌を・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・お光などのように兵隊の気嫌まで取て漸々御飯を戴いていく女もあるから、お前さんなんぞ決して不足に思っちゃなりませんよ」 皮肉も言い尽して、暫らく烟草を吹かしながら坐っていたが、時計を見上げて、「どうせ避けた位だからちょっくら帰って来な・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・「もういいからお前もそこで御飯を食べるがいい。」と主人は陶然とした容子で細君の労を謝して勧めた。「はい、有り難う。」と手短に答えたが、思わず主人の顔を見て細君はうち微笑みつつ、「どうも大層いいお色におなりなさいましたね、・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・それから先生の奥さんも、御飯を一緒に食べて行けと言ってしきりに勧めてくだすったが、僕は帰って来た。」 先輩の一言一行も忘れられないかのように、次郎はそれを私に語ってみせた。 いよいよ次郎の家を離れて行く日も近づいた。次郎はその日を茶・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・しかし、とにかく、あちらへいって御飯をたべましょう。」と言いました。ウイリイは、王女の後について立派な大きな広間へとおりました。そこには、ちゃんといろんな御ちそうのお皿がならんでいました。 ウイリイは犬からよく言われて来たので、一ばんは・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・佐吉さんが何も飲まないのだから、私一人で酔っぱらって居るのも体裁が悪く、頭がぐらぐらして居ながらも、二合飲みほしてすぐに御飯にとりかかり、御飯がすんでほっとする間もなく、佐吉さんが風呂へ行こうと私を誘うのです。断るのも我儘のような気がして、・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
出典:青空文庫