・・・その策如何というに、朝夕主人の言行を厳重正格にして、家人を視ること他人の如くし、妻妾児孫をして己れに事うること奴隷の主君におけるが如くならしめ、あたかも一家の至尊には近づくべからず、その忌諱には触るべからず、俗にいえば殿様旦那様の御機嫌は損・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・慶応四年春、浪華に行幸あるに吾宰相君御供仕たまへる御とも仕まつりに、上月景光主のめされてはるばるのぼりけるうまのはなむけに天皇の御さきつかへてたづがねののどかにすらん難波津に行すめらぎの稀の行幸御供する君のさ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・上にひっぱり、しかもそれに加えて傷病兵の一群をまもり、さらに惨苦の行動を行っているのにくらべて、アメリカの近代科学性は、航空力によって天と地との間に立体的桶をつくり、立体的機動性をもって敏速に、生命の最小犠牲で戦線を進展させていることを描い・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・例えば漱石にしろ、文学のことがききたければ、そちらから出向いてくれと時の宰相に対しても腹で思っている作家的気魄があった。そして、彼の芸術も、彼のその気魄も、根底には当時の日本の社会の歴史がインテリゲンツィアの心に反映している積極性と同時に、・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・現代史のふたまたにかかってひき裂かれるにまかせておいたり、さもなければ、生きようとする本能と最少抵抗線をたどりやすい日本の精神の体質にまかせて、どっちかの木の股にすがりついてしまうにまかせておくことは歴史の前に許されない。その責任を痛切にわ・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・現代でいえば一つの都市ぐらいしかなかった十九世紀初頭のドイツ小王国ワイマールの学友宰相であったゲーテは、その時代の性格とその政治生活の規模にしたがって、何と素朴だったろう。そして何と「宮廷詩人」的であったろう。ナチスが、ゲーテ崇拝を流行させ・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・ 作家は、一層労働者生活の現実に即し、文学におけるプロレタリア・リアリズムのために各産業別に組織されるべきだ、そして、一年に、どの産業では最少限何篇の小説、戯曲を、どの産業では散文、詩、各何篇という風に計画的に製作したらどうか。この場合・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ドイツではゲーテが宰相であれ程の文学者であったというような例は、事情の違う日本では現在までの歴史の性質に於ては有り得ないのが自然とさえ思われる。 以上のような歴史を持って日本の純文学が私小説の伝統の中に生き、今日に至る間に、インテリゲン・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・女学校の今日の教育は、女が平凡な肉体と平凡な日常生活の軌道をもって過してゆくためには最少限の役に立っているであろうが、一旦現実が紛糾して、例えば一人の女の体に新聞記事に仄めかされているような生理的欠陥が現れたような場合、その不幸に対して先ず・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・が、理解と感情との最少のきらめきがあれば、私は再び全く幸福である。そして、彼女が物事を私と同じように理解していることを信ずる」と、極めて微妙な形と物柔かさとに於てであるけれども、トルストイを最後の悲劇に導いた夫婦の間の生きる目的の分裂が仄見・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
出典:青空文庫