・・・ 代官は天主のおん教は勿論、釈迦の教も知らなかったから、なぜ彼等が剛情を張るのかさっぱり理解が出来なかった。時には三人が三人とも、気違いではないかと思う事もあった。しかし気違いでもない事がわかると、今度は大蛇とか一角獣とか、とにかく人倫・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・しまいには私も、これはもう縁がないもんだとさっぱりあきらめてしまったんです。それがあなた……」 ほかの連中が相手にならないもんだから、お徳は僕一人をつかまえて、しゃべっているんだ。それも半分泣き声でさ。「それがあなた、この土地へ来て・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・「いや、ものに誘われて、何でも、これは、言合わせたように、前後甲乙、さっぱりと三人同時だ。」「可厭ねえ、気味の悪い。」「ね、おばさん、日の暮方に、お酒の前。……ここから門のすぐ向うの茄子畠を見ていたら、影法師のような小さなお媼さ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 七兵衛天窓を掻いて、「困らせるの、年月も分らず、日も分らず、さっぱり見当が着かねえが、」と頗る弱ったらしかったが、はたと膝を打って、「ああああ居た居た、居たが何、ありゃ売物よ。」と言ったが、菊枝には分らなかった。けれども記憶を・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・民子は今日を別れと思ってか、髪はさっぱりとした銀杏返しに薄く化粧をしている。煤色と紺の細かい弁慶縞で、羽織も長着も同じい米沢紬に、品のよい友禅縮緬の帯をしめていた。襷を掛けた民子もよかったけれど今日の民子はまた一層引立って見えた。 僕の・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・位だ、お町はやがて自分も着物を着替て改った挨拶などする、十になる児の母だけれど、町公町公と云ったのもまだつい此間の事のようで、其大人ぶった挨拶が可笑しい位だった、其内利助も朝草を山程刈って帰ってきた、さっぱりとした麻の葉の座蒲団を影の映るよ・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・ 秀ちゃんは、はじめてのお家へきたので、かしこまっていましたが、だんだん慣れると、さっぱりとした性質ですから、話しかけられれば、はきはき、ものをいいますので、すぐにみんなとうちとけてしまいました。 いろいろと話をしているうち、ふいに・・・ 小川未明 「二少年の話」
・・・俺あ何もお前と夫婦約束をしたわけでもねえし、ただ何だ、お前は食わせる人がいねえで困ってるし、俺は独者だし、の、それだけの事で、ほかにゃ綾も何にもありゃしねえんだから、お前も旅の者らしくさっぱりしてくんねえな。俺あどこまでも好自由な独者で渡り・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 某日、軽部の同僚と称して、蒲地某が宗右衛門の友恵堂の最中を手土産に出しぬけに金助を訪れ、呆気にとられている金助を相手によもやまの話を喋り散らして帰って行き、金助にはさっぱり要領の得ぬことだった。ただ、蒲地某の友人の軽部村彦という男が品・・・ 織田作之助 「雨」
・・・一体君はどうご自分の生活というものを考えて居るのか、僕にはさっぱり見当が附かない」「僕にも解らない……」「君にも解らないじゃ、仕様が無いね。で、一体君は、そうしていて些とも怖いと思うことはないかね?」「そりゃ怖いよ。何も彼も怖い・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫