・・・それを第三者が批評して「貴殿広き世界を三百石の屋敷のうちに見らるゝ故なり。山海万里のうちに異風なる生類の有まじき事に非ず」と云ったとしてある。その他にも『永代蔵』には「一生秤の皿の中をまはり広き世界をしらぬ人こそ口惜けれ」とか「世界の広き事・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・慶祝の意を表わしたもので、参会の諸員退出の時にこれを奏すと説明書にあったが、そのためか、奏楽中にがたがた席を立つ人が続々出て来た。 近頃にない舒びやかな心持になって門を出たら、長閑な小春の日影がもうかなり西に傾いていた。 ・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・この次の時代をつくるわれわれの子孫といえども、果してよく前の世のわれわれのように廉価を以て山海の美味に飽くことができるだろうか。昭和廿二年十月 ○ 松杉椿のような冬樹が林をなした小高い岡の麓に、葛飾という京・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・それから散会となる。私の講話も、上田さんの演説も皆経過する事件でありまして、この経過は時間と云うものがなければ、どうしても起る訳に参りません。これも明暸な事で別段改めて申上げる必要はない。最後に、なぜ私がここにこうやって出て来て、しきりに口・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・これを喩えば、大廈高楼の盛宴に山海の珍味を列ね、酒池肉林の豪、糸竹管絃の興、善尽し美尽して客を饗応するその中に、主人は独り袒裼裸体なるが如し。客たる者は礼の厚きを以てこの家に重きを置くべきや。饗礼は鄭重にして謝すべきに似たれども、何分にも主・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
立国は私なり、公に非ざるなり。地球面の人類、その数億のみならず、山海天然の境界に隔てられて、各処に群を成し各処に相分るるは止むを得ずといえども、各処におのおの衣食の富源あれば、これによりて生活を遂ぐべし。また或は各地の固有・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ けれども、この文化の中心の全国的な散開という新しい事実には、それだけの現象にとどまらず、明日の日本にとって、私たちの明日のよろこばしい生活にとって、深甚な意味をもっていると考えられる。 アメリカは勿論のこと、イギリスでもフランスで・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・そうすると山海の美味が前に並ぶのだ。」「分からないね。箕村というのは誰だい。それにお梅さんという人はどうしてそんなに息張っているのだい。」「そりゃ息張っていますとも。床の間の前へ行って据わると、それ、御託宣だと云うので、箕村は遥か下・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫