・・・男は、今宮へ行けば市営の無料宿泊所もあるが、しかし、人間そんな所の厄介になるようではもうしまいだと言いながら、その小屋に泊めてくれました。 翌朝、男は近くの米屋から四合十銭の米と、八百屋から五銭の青豌豆を買ってきて、豌豆飯を炊いて、食べ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・道を折れ、薄暗い電燈のともっている市営浴場の前を通る時、松本はふと言った。「こんなところにいるとは知らなんだな」 東京へ行った由噂にきいてはいたが、まさか別府で落ちぶれているとは知らなんだ――と、そんな言葉のうらを坂田は湯気のにおい・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・其処へ弟が汗ばんだ顔で帰って来て「基ちゃん、貰って来たぜ、市営住宅で探し当てた。サアお上り」と言って薬を差出しました。病人は飛び付くようにして水でそれを呑み下しました。然し最早や苦痛は少しも楽に成りません。病人は「如何したら良いんでしょう」・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ と言って自分も市営の公設市場へ行く道で何度もそんな目に会ったことを話したので、吉田はやっとそのわけがわかって来はじめた。それはそんな教会が信者を作るのに躍起になっていて、毎朝そんな女が市場とか病院とか人のたくさん寄って行く場所の近くの・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ 私営脳病院のトリック。一、この病棟、患者十五名ほどの中、三分の二は、ふつうの人格者だ。他人の財をかすめる者、又、かすめむとする者、ひとりもなかった。人を信じすぎて、ぶちこまれた。一、医師は、決して退院の日を教えぬ。確言せぬ・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ 官営また私営の純粋な科学研究を目的とする研究所も少数にはある。そういう処は比較的最も自由な学者の楽天地である。しかしそういう処でも「絶対の自由」などという夢のようなものはおよそ有りそうもないようである。そういう理想郷の住民でも、時々は・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・一は市営乗合自動車、一は京成乗合自動車と、各その車の横腹に書いてある。市営の車は藍色、京成は黄いろく塗ってある。案内の女車掌も各一人ずつ、腕にしるしを付けて、路端に立ち、雷門の方から車が来るたびたびその行く方角をきいろい声で知らせている。・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・ 再び暗い街。暗い街。暗い建物のさけ目から一層黒い夜が鋭い刃のように見える横丁の前をトーマス・クックの東端遊覧自動車は体をほっそり引押すようにしてすべり過ぎた。 市営労働者住宅は七階だ。が空間利用法によって七階までの鉄ばしごは道路に・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫