・・・国威というものの普通解釈されている内容によって、それを或る尊厳、確信ある出処進退という風に理解すると、今回のオリンピックに関しては勿論、四年後のためにされている準備そのものの中に、主としてそういう抽象名詞を愛好する人の立場から見ても何か本質・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・「ああそうそう居ましたっけねえ思い出したわ、あの慾張りなんでしょう。私大きらい彼那の!「まあきらいでもかまいやしないけど兎に角運の悪いんだってよ、ほら! 何ぞと云っちゃあ、一度捕えられて、人の家に飼われて居た時猫に目を片輪にされて、・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
・・・私たち作家の間で、お伽噺にあるよくばりのように、自分たちの持ち合わす誠実の量の抽象的なくらべっこなど全く必要がないばかりか、誠実そのものにしろ、日常の作家的進退の公私を貫ぬいた生きかたでだけ、存在を示し得るものと思います。〔一九三七年六月〕・・・ 宮本百合子 「不必要な誠実論」
・・・然るところその伽羅に本木と末木との二つありて、はるばる仙台より差下され候伊達権中納言殿の役人ぜひとも本木の方を取らんとし、某も同じ本木に望を掛け互にせり合い、次第に値段をつけ上げ候。 その時横田申候は、たとい主命なりとも、香木は無用の翫・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・「いや。四大の身を悩ます病は幻でございます。ただ清浄な水がこの受糧器に一ぱいあればよろしい。咒で直して進ぜます」「はあ咒をなさるのか」こう言って少し考えたが「仔細あるまい、一つまじなって下さい」と言った。これは医道のことなどは平生深・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・能面に対してこれほど盲目であったことはまことに慚愧に堪えない次第であるが、しかしそういう感じ方にも意味はあるのである。自分はあの時、伎楽面の美しさがはっきり見えるように眼鏡の度を合わせておいて、そのままの眼鏡で能面を見たのであった。従って自・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
出典:青空文庫