・・・芥川龍之介を死なせたものは彼の偽りない明徹さと旧市民道徳との大摩擦であり又彼の文学の大きい要素としての文人気質、そのポーズの桎梏であった。 日本近代文学の発展の中心を二葉亭以来の純文学において眺めわたすとき、そこには日本の社会が近代社会・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ロシアの民衆が過去にもっていた歴史的な桎梏の性質と、今日の事情との間に十九年の歳月が与えた飛躍の実質を看取したであろう。旧社会で、卑俗な日常の幸福の可能が、多く無知と無気力と批判力の喪失にかかっていることを洞察し、それに抗したかぎりジイドは・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・機械の力は多くの工場から筋肉の力を必要とする仕事に必要であった男を首にして、女房も娘も子供も桎梏に抗しているところは、十分注目に価する。ジョージ・エリオットは、自分が婦人だとわかると、いろいろうるさい差別待遇がおこるのをいやがって、筆名は男・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・赧い赧い頬、それと極めて鮮やかな対照をなしつつぽやぽやっと情熱的にほやついている漆黒な髪、特色ある早口、時々私を視る眼光の鋭さ。生活力の横溢が到るところに感じられた。同時に、単純でない何ものか――謂わば狷介というようなものをも一面感じられる・・・ 宮本百合子 「狭い一側面」
・・・しかも、その人情の波頭が一歩、或は数歩高まり、前進したところの形であり、また人情が一つの社会的桎梏の型に堕した時、それを身をもって破ろうとする人間の本来的感情であると思う。人情の内容は一種一様のものではない。人情の内容は、出来るだけ怠けて楽・・・ 宮本百合子 「パァル・バックの作風その他」
・・・を見れば、女主人公、明子の苦悩と努力とは、とりも直さず、環境のおくれている多くの条件が重荷となって、合理的に、明るく輝しく生き伸びようとする意欲の桎梏となることから生じている。妻として母としてその上に更に作家として歴史の進歩に貢献して行こう・・・ 宮本百合子 「はるかな道」
・・・ ピリニャークのような作家は、日本へ来て芸者を見て、日本の社会における芸者というもののおかれているさまざまの経済的・社会的桎梏を一つも洞察しなかった。芸者というものを、全婦人があこがれている文化の美しい化身であるかのように書いた。こ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・ 義理人情は、芸術化の過程にあって、謂わば社会的桎梏に対する人間性の逆説的な強調として、初めて芸術の要因たり得たのであった。義理人情が芸術の要因の重きを占めるようになった徳川権力確立以後の日本人の芸術は、感傷と悲壮との過剰に苦しめられて・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・その情熱ぬきに、子供の側から見れば、それが多くの場合歴史的な桎梏となっている今日の親子関係の旧套を、そのまま肯定しようとするのであれば、その間には腑に落ちかねる飛躍があると思う。貞操の観念に対して女は久しく受動的であり、無智であったことから・・・ 宮本百合子 「未開の花」
・・・ 結婚の問題にあたって、私たちを深刻に考えこませる托児所がないということ、炊事、洗濯が社会化された家事になっていないことが、離婚の場合、また切実な問題となり、桎梏となって来る。戦争による未亡人の生活の堂々めぐりのいたましさは、実に多くこ・・・ 宮本百合子 「離婚について」
出典:青空文庫