・・・俗に打てば響くと云うのは、恐らくあんな応対の仕振りの事を指すのでしょう。『奥さん、あなたのような方は実際日本より、仏蘭西にでも御生れになればよかったのです。』――とうとう私は真面目な顔をして、こんな事を云う気にさえなりました。すると三浦も盃・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・しかし先生は幸いにも、煙客翁の賞讃が渋りがちになった時、快活に一座へ加わりました。「これがお話の秋山図ですか?」 先生は無造作な挨拶をしてから、黄一峯の画に対しました。そうしてしばらくは黙然と、口髭ばかり噛んでいました。「煙客先・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・ と少し言渋りながら、「跟けつ廻しつしているのでございます。」と思切った風でいったのである。「何、お米を、あれが、」と判事は口早にいって、膝を立てた。「いいえ、あの、これと定ったこともございません、ございませんようなものの、・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・お通夜の人々は自分の仕振りに困じ果ててか、慰めの言葉もいわず、いささか離れた話を話し合うてる。夜は二時となり、三時となり、静かな空気はすべてを支配した。自分はその間にひとり抜け出でては、二度も三度も池のまわりを見に行った。池の端に立っては、・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・それから予に不満を与えた岡村の仕振りが、一々胸に呼び返される。 お繁さんはどうしたかしら、どうも今居ないらしい。岡村は妹の事に就て未だ何事もおれには語らない。お繁さんは無事でしょうなと、聞きたくてならないのを遂に聞かずに居った予は、一人・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・カンテラが、無愛想に渋り切った井村の顔に暗い陰影を投げた。彼女は、ギクッとした。しかしかまわずに、「たいへんなやつがあると自分で睨んだから、掘って来たんだって、どうして云ってやらなかったの。」 なじるような声だった。「やかましい・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・例えば若い教授または助教授が研究している研究題目あるいは研究の仕振りが先輩教授から見て甚だ凡庸あるいは拙劣あるいは不都合に「見える」場合には、自然に且つ多くの場合に当事者の無意識の間に、色々の拘束障害が発生して来て、その研究は結局中止するか・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・ 江戸っ子気の、他人のために女ながら出来るだけつくす主義の主婦は、自分に出来るだけの事は仕てやる気になって、とかく渋り勝ちな栄蔵の話に、言葉を足し足しして委細の事を云わせた。 結局は、栄蔵の顔を見た瞬間に直覚した通り金の融通で、毎月・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ いつともなく禰宜様宮田の丁寧なお辞儀の仕振りなどを思い出していた彼女の心には、不意に思いがけずあの妙法様がお乗りうつりなすった。そして、瞬く間に誰が聞いてもびっくりせずにはいないほど、「いい思案」が夕立雲のように後から後からと湧き出し・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・けれども、その訳の仕振りは、いかにも、訳者二人の箇人性をあらわして居る。 ○ジイッと座って居る。うす黒くなった障子を通し、ガラス戸、塀を通して、かすかながら動いて居る外の世界の響が聞えて来る。乾いた道を行く風の音、梢の音。雀のチクチ・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
出典:青空文庫