・・・店も何も無いのが、額を仰向けにして、大口を開いて喋る……この学生風な五ツ紋は商人ではなかった。 ここらへ顔出しをせねばならぬ、救世軍とか云える人物。「そこでじゃ諸君、可えか、その熊手の値を聞いた海軍の水兵君が言わるるには、可、熊手屋・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 小さな良ちゃんは、片手に紅茶の空きかんを持ち、片手に手シャベルを握って、兄さんのお供をしたのです。「まあ、威張っているわね、にくらしい。」 窓から、小さな兄弟、二人の話をきき、出てゆく後ろ姿が見送っていたお姉さんは、いいました・・・ 小川未明 「小さな弟、良ちゃん」
・・・ ところが、その年も押しつまったある夜、紙芝居をすませて帰ってきますと、今里の青年会館の前に禁酒宣伝の演説会の立看板が立っていたので、どんなことを喋るのか、喋り方を見てやろうと思いながら、はいって聴きました。そして、二人目の講師の演説が・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 色の蒼白い男だが、ペラペラと喋る唇はへんに濁った赤さだった。「だめだ。今夜は生憎ギラがサクイんだ」 ギラとは金、サクイとは乏しい。わざと隠語を使って断ると、そうですか、じゃ今度またと出て行った。 ほかの客に当らずに出て行っ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・口は喋るためのみについているのではあるまい。議論している間、欠伸ばかししているか、煙草ばかしふかしておれば、相手は兜を脱ぐにきまっている。 墓銘など、だから私はまかり間違っても作らないつもりである。よしんば作っても、スタンダールのように・・・ 織田作之助 「中毒」
「エロチシズムと文学」というテエマが僕に与えられた課題であります。しかし、僕は「エロチシズムと文学」などというけちくさい取るに足らぬ問題について、口角泡を飛ばして喋るほど閑人でもなければ、物好きでもありません。ほかにもっと考・・・ 織田作之助 「猫と杓子について」
・・・「いや、喋るわ」「選挙はもう済んだぜ」 それには答えず、お加代は、「あんた御馳走したげるのはいいけど、寝てる子起すようにならない……? その子たち、やみつきになったらどうするの……?」「兵古帯のくせに分別くさいこと言うな・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・そしてきゃっきゃっと笑いながら何か喋り合っていたが、彼女の使う言葉はある自由さを持った西洋人の日本語で、それを彼女が喋るとき青年達を給仕していたときとはまるでちがった変な魅力が生じた。「僕は一度こんな小説を読んだことがある」 聴き手・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・彼等は今、手にしているシャベルで穴を掘ったばかりだった。一人の将校が軍刀の柄に手をかけて、白樺の下をぐる/\歩いていた。口元の引きしまった、眼が怒っている若い男だ。兵卒達の顔には何かを期待する色が現れていた。将校は、穴や白樺や、兵卒の幾分輝・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・「せつよ、お父うに砂糖を貰うた云うて、よそへ行て喋るんじゃないぞ!」 妻は、とびまわる子供にきつい顔をして見せた。「うん。」「啓は、お父うのとこへ来い。」 座敷へ上ると与助は、弟の方を膝に抱いた。啓一は彼の膝に腰かけて、・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
出典:青空文庫