・・・ 大喝一声、太鼓の皮の裂けた音して、「無礼もの!」 社務所を虎のごとく猛然として顕れたのは摂理の大人で。「動!」と喚くと、一子時丸の襟首を、長袖のまま引掴み、壇を倒に引落し、ずるずると広前を、石の大鉢の許に掴み去って、いきな・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・中には薄々感づいて沼南の口占を引いて見たものもあったが、その日になっても何とも沙汰がないので、一日社務に服して家へ帰ると、留守宅に社は解散したから明日から出社に及ばないという葉書が届いているんだから呆気に取られてしまった。 いやしくも沼・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・境内広く、社務所などもいかめしくは見えたれど、宮居を初めよろずのかかり、まだ古びねばにや神々しきところ無く、松杉の梢を洩りていささか吹く風のみをぞなつかしきものにはおぼえける。ここの御社の御前の狛犬は全く狼の相をなせり。八幡の鳩、春日の鹿な・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・坂を下りて見ると不忍弁天の社務所が池の方へのめるように倒れかかっているのを見て、なるほどこれは大地震だなということがようやくはっきり呑込めて来た。 無事な日の続いているうちに突然に起った著しい変化を充分にリアライズするには存外手数が掛か・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・マライのゲンゴンと称する竹製の竪琴。シャムのコンヴォン。朝鮮のグムンゴまたクムンコなどが連想される。 中央アフリカ北東コンゴーのある地方の竪琴にクンディまたはクンズというのがある。ここまで来ると騎虎の勢いに乗じて、結局日本のコトをついで・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・ソヴェト同盟の国境、朝鮮、満州をふくむ中華人民共和国、ビルマ、シャム、マライ、印度支那、フィリピン、とアジアの地図に描かれているどの国々をみても、こんどの戦争で日本の軍隊が侵略しなかった土地はありません。そしてそれらの国の果て果てで、平和な・・・ 宮本百合子 「新しいアジアのために」
・・・本殿から社務所のようなところへ架けた渡殿の下だけ雪がなく、黒土があらわれ、立木の間から、彼方に広い眺望のあることが感じられた。 藍子は人っ子一人いない雪の中に佇んで暫くあちこち見ていたが、渡殿とは反対の方角に歩き出した。やがて、見晴し亭・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫