・・・ 人間処世の権理に公私の区別ありて、先ず私権を全うして然る後、公権の談に及ぶべしとの次第は、かつて『時事新報』の紙上にも記したることなるが、そもそもこの私権の思想の発生する事情は種々様々なれども、最第一の原因は、本人の自ら信じ自ら重んず・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
人物の善悪を定めんには我に極美なかるべからず。小説の是非を評せんには我に定義なかる可らず。されば今書生気質の批評をせんにも予め主人の小説本義を御風聴して置かねばならず。本義などという者は到底面白きものならねば読むお方にも・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・第二にはジネストの奥さんの手紙が表面には法律上と処世上との顧問を自分に託するようであって、その背後に別に何物かが潜んでいるように感じたからである。無論尋常の密会を求める色文では無い。しかしマドレエヌは現在の煩悶を遁れて、過去の記念の甘みが味・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・離筵となると最早唐人ではなくて、日本人の書生が友達を送る処に変った。剣舞を出しても見たが句にならぬ。とかくする内に「海楼に別れを惜む月夜かな」と出来た。これにしようと、きめても見た。しかし落ちつかぬ。平凡といえば平凡だ。海楼が利かぬと思えば・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・しかし私はその先生の書生というでもありません。けれども、しかしとにかくそう云いましょう。おい。行こう。さよなら。」 悪魔は娘の手をひいて、向うのどてのかげまで行くと片眼をつぶって云いました。「お前はこれで帰ってよし。そしてキャベジと・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・ときく。書生にも同じ事を聞く。 十二時すぎに、待ち兼ねて居たものが来た。 葉書の走り書きで、今日の午後に来ると云ってよこしたんで急に書斎でも飾って見る気になる。 机の引出しから私だけの「つやぶきん」を出して本棚や机をふい・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・ まともに相剋に立ち入っては一生を賭しても解決はむずかしいのだからと、今日の文化がもっている凹みの一つである女らしさの観念をこちらから把んで、そこで女らしさの取引きを行って処世的にのしてゆくという態度も今日の女の生きる打算のなかには目立・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・体面をつくろう偽善、上品ぶって見て見ぬふりは、それらの人々の処世の態度なのだから。しかしローレンスが性について語るとき、彼と彼女とは裸の神々のようにむき出しで、自然がその営みにおいてそうであるように、それ自体充実したコースをたどって、かくし・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ 鴎外は漱石とまたちがい、この文学者のドイツ・ロマン派の教養や医者としての教養や、政府の大官としての処世上の教養やらは、漱石より一層彼の人間性率直さを被うた。彼が最後の時期まで博物館長として、上流的高官生活を送ったことは、彼に語らせれば・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・然し、千鶴子がしんで、はる子は処世上そんな関心が必要でない立場に生きているから単純にそう云うのだ。同時に、いいと思ったってそう出来ないのが自分の性質だ、悲劇だ、と自分を譲らず肯定していることも、はる子に分った。千鶴子と何か意見を交わすと、そ・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
出典:青空文庫