・・・ところが遺憾ながら、西南戦争当時、官軍を指揮した諸将軍は、これほど周密な思慮を欠いていた。そこで歴史までも『かも知れぬ』を『である』に置き換えてしまったのです。」 愈どうにも口が出せなくなった本間さんは、そこで苦しまぎれに、子供らしい最・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・――艱難汝を玉にするとすれば、日常生活に、思慮深い男は到底玉になれない筈である。 我等如何に生くべき乎。――未知の世界を少し残して置くこと。 社交 あらゆる社交はおのずから虚偽を必要とするものである。もし寸毫の虚偽を・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・かくして思慮深い労働者は、自分たちの運命を、自分たちの生活とは異なった生活をしながら、しかも自分たちの身の上についてかれこれいうところの人々の手に託する習慣を破ろうとしている。彼らはいわゆる社会運動家、社会学者の動く所には猜疑の眼を向ける。・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・もし誤って無思慮にも自分の埓を越えて、差し出たことをするならば、その人は純粋なるべき思想の世界を、不必要なる差し出口をもって混濁し、なんらかの意味において実際上の事の進捗をも阻礙するの結果になるだろう」と。この立場からして私は何といっても、・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・どうも思慮を纏めることが出来ない。最早死の沈黙に鎖されて、死の寂しさをあたりへ漲らしている、を被った、不動の白い形から、驚怖のために、のひろがった我目を引き離すことが出来ない。 フレンチは帰る途中で何物をも見ない。何物をも解せない。丁度・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・しかしそれにしても思慮ある人はそういうことはしないはずである。同じ町内に同じ名の人が五人も十人もあった時、それによって我々の感ずる不便はどれだけであるか。その不便からだけでも、我々は今我々の思想そのものを統一するとともに、またその名にも整理・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ないならば、早く禍の免れ難きを覚悟したとき、自ら振作するの勇気は、もって笑いつつ天災地変に臨むことができると思うものの、絶つに絶たれない係累が多くて見ると、どう考えても事に対する処決は単純を許さない。思慮分別の意識からそうなるのではなく、自・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・年をとっての後の考えから言えば、あアもしたらこうもしたらと思わぬこともなかったけれど、当時の若い同志の思慮には何らの工夫も無かったのである。八百屋お七は家を焼いたらば、再度思う人に逢われることと工夫をしたのであるが、吾々二人は妻戸一枚を忍ん・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ おとよはそれらの事を見ぬふり聞かぬふりで平気を装うているけれど、内心の動揺は一通りでない。省作がいよいよ深田を出てしまったと、初めて聞いた夜はほとんど眠らなかった。 思慮に富めるおとよは早くも分別してしまった。自分にはとても省さん・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ が、二葉亭は革命党の無力を見縊っていても、その無思慮な軽率なヤリ口に感服しなくてもまるきり革命が起るのを洞観しないじゃなかった。「露西亜は今噴火坑上に踊ってる。幸い革命党に人物がないから太平を粧っていられるが、何年か後には必ず意外の機・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
出典:青空文庫