本紙の文芸時評で、長与先生が、私の下手な作品を例に挙げて、現代新人の通性を指摘して居られました。他の新人諸君に対して、責任を感じましたので、一言申し開きを致します。古来一流の作家のものは作因が判然していて、その実感が強く、・・・ 太宰治 「自信の無さ」
・・・という作品を発表し、もはや文壇の新人という事になった。そうしてその翌る年には、他のかなり有名な文芸雑誌などから原稿の依頼を受けたりしていたが、原稿料は、あったり無かったり、あっても一枚三十銭とか五十銭とか、ひどく安いもので、当時最も親しく附・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・あなたは、二科の新人。有田教授の、――いや、いうまい。思えば、あのころ、十六歳の夏から、あなたの眉間に、きょうの不幸を予言する不吉の皺がございました。「お金持ちの人ほど、お金にあこがれるのね。お金かせいでこさえたことがないから、お金、とうと・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・一朝、生活にことやぶれ、万事窮したる揚句の果には、耳をつんざく音と共に、わが身は、酒井真人と同じく、「文芸放談」。どころか、「文芸糞談」。という雑誌を身の生業として、石にかじりついても、生きのびて行くやも知れぬ。秀才、はざま貫一、勉学を廃止・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・ 奇蹟以上だ。新人の出現か。気味が悪くなって来た。こんな、ヒョットコの鼻つまりみたいな顔をしていても、案外、天才なのかも知れない。慄然。おどかしやがる。これだから、僕は、文学青年ってものは苦手なんだ。とにかくお世辞を言おう。「題が面・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・彼もたしかに時代の新人ではあった。 旧時代のハイカラ岸田吟香の洋品店へ、Sちゃんが象印の歯みがきを買いに行ったら、どう聞き違えたものか、おかしなゴム製の袋を小僧がにやにやしながら持ち出したと言って、ひどくおかしがって話したことを思い出す・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ そうかと思うとまたある日本食堂で最近代的な青年二人と少女二人の一行が鯛茶を注文していたが、それが面前に搬ばれたときにこの四人の新人は、胡麻味噌に浸された鯛の繊肉を普通のおかずのようにして飯とは別々に食ってそうして最後に茶を別々に飲んで・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 子供の時分に私の隣家に信心深い老人がいた。彼は手足に蚊がとまって吸おうとするのを見つけると、静かにそれを追いのけるという事が金棒引きの口から伝えられていた。そしてそれが一つの笑い話の種になっていた。私も人並みに笑ってはいたが、その老人・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ゲーテのライネケフックスの訳本を読んで聞かせてくれたり、十歳未満の自分にミルの経済論、ルソーの民約論を教授してくれるという予告だけでもしてくれた楠さんは、たしかにその時代の新人であり、少なくも自分にとっては、来るべき「約束の国」の先触れをす・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・の仕事を見て観衆がふき出して笑ったという話である。それを気にして国辱と思っている人もあるようである。しかし「原大陸」の茫漠たる原野以外の地球の顔を見たことのないスラヴの民には「田ごとの月」の深甚な意義がわかろうはずはないのである。日本人をロ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
出典:青空文庫