「デカブリストの妻」ネクラーソフ作谷耕平訳 新星社 最近深い感銘をもってよみました。特に公爵夫人ヴォルコーンスカヤをよんで、途中で巻をおくことが出来ませんでした。日本の詩人たちは詩のこのような力についてどんな感想をもたれ・・・ 宮本百合子 「私は何を読むか」
・・・頃日僕の書く物の総ては、神聖なる評論壇が、「上手な落語のようだ」と云う紋切形の一言で褒めてくれることになっているが、若し今度も同じマンション・オノレエルを頂戴したら、それをそっくりお金にお祝儀に遣れば好いことになる。 * ・・・ 森鴎外 「心中」
・・・「なんにしろ、大勢行っていたのだが、本当に財産を拵えた人は、晨星寥々さ。戦争が始まってからは丸一年になる。旅順は落ちると云う時期に、身上の有るだけを酒にして、漁師仲間を大連へ送る舟の底積にして乗り出すと云うのは、着眼が好かったよ。肝心の・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・真面目な、ごく真面目な目で、譬えば最も静かな、最も神聖な最も世と懸隔している寂しさのようだとでも云いたい目であった。そうだ。あの男は不思議に寂しげな目をしていた。 下宿の女主人は、上品な老処女である。朝食に出た時、そのおばさんにエルリン・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・の芸によって観客の感激――有頂天、大歓喜、大酩酊――の起こっている時、彼女は静かに、その情熱を自己の平生の性格の内に編みこむため、非常なる努力をしていた。この「貴い時」の神聖と喜悦と自由とを自己の第二の天性にしようとしていた。そしてついにそ・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・肉体のはかなさは、本来清浄なる人間の「心性」によって打ち克たれ、そこに永遠なるいのちの、「仏」の、象徴を実現しているのである。―― 人間が幼稚であり素朴であったゆえにこの美を受容することが困難であったと考えてはいけない。素朴な心は解釈に・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・『春』『家』『新生』『夜明け前』と続いた藤村の主要作品を押し出して来た力は、そこにあると思う。 ところで右にあげたような藤村の好みのなかにはっきりと現われている独自な性格は、それが無遠慮に発揮されないで、何となく人の気を兼ねるという・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
・・・勇気、仁恵、礼譲、真誠、忠義、克己、これすべてこの執着の現象である。ただ末世に至って真の精神を忘れ形式に拘泥して卑しむべき武士道を作った。吾人は豪快なる英雄信玄を愛し謙信を好む。白馬の連嶺は謙信の胸に雄荘を養い八つが岳、富士の霊容は信玄の胸・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
・・・吾人が真正の社会主義の理想に歩を進め、ダンテの楽園に到達すべき出発点である。世人がすべてこれに傾向する時 To thee be all man Hero の境地はますます明らかになるであろう。ソシアリティの本義も恐らくはここである。深山に俗・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫