・・・ちっとの間の辛抱だ。行って来い。行って梨の実を盗んで来い。」 すると、子供が泣きながら、こう言いました。「お爺さん。御免よ。若し綱が切れて高い所から落っこちると、あたい死んじまうよ。よう。後生だから勘弁してお呉れよ。」 いくら子・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・けれど、気の弱い私は宿の者にその旨申し出ることもできず、辛抱して、なるべく温味の多そうな隅の方にちぢこまって、ぶるぶる顫えていると、若い男がはいって来た。はれぼったい瞼をした眼を細めて、こちらを見た。近視らしかった。 湯槽にタオルを浸け・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・そして私もまた、そこの蜜豆が好きで、というといかにもだらしがないが、とにかくその蜜豆は一風変っていて氷のかいたのをのせ、その上から車の心棒の油みたいな色をした、しかし割に甘さのしつこくない蜜をかぶせて仲々味が良いので、しばしば出掛け、なんや・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・序に頭の機能も止めて欲しいが、こればかりは如何する事も出来ず、千々に思乱れ種々に思佗て頭に些の隙も無いけれど、よしこれとても些との間の辛抱。頓て浮世の隙が明いて、筐に遺る新聞の数行に、我軍死傷少なく、負傷者何名、志願兵イワーノフ戦死。いや、・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ が、やっぱし辛抱が出来なくなる。そして、逃げ廻る。…… 処で彼は、今度こそはと、必死になって三四ヵ月も石の下に隠れて見たのだ。がその結果は、やっぱし壁や巌の中へ封じ込められようということになったのだ。…… Kへは気の毒である。けれ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・と思ってはその期待に裏切られたり、今日こそは医者を頼もうかと思ってはむだに辛抱をしたり、いつまでもひどい息切れを冒しては便所へ通ったり、そんな本能的な受身なことばかりやっていた。そしてやっと医者を迎えた頃には、もうげっそり頬もこけてしまって・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・私も可哀そうでならなかったけエど、つまり私の傍に居た処が苦しいばかりだし、又た結局あの人も暫時は辛い目に遇て生育つのですから今時分から他人の間に出るのも宜かろうと思って、心を鬼にして出してやりました、辛抱が出来ればいいがと思って、……それ源・・・ 国木田独歩 「二少女」
一 独楽が流行っている時分だった。弟の藤二がどこからか健吉が使い古した古独楽を探し出して来て、左右の掌の間に三寸釘の頭をひしゃいで通した心棒を挾んでまわした。まだ、手に力がないので一生懸命にひねっても、独楽・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・ こういう兵営で二カ年間辛抱しなければならないのかと思うと、うんざりしていた。 私は、内地で一年あまりいて、それからシベリアへやられた。 内地で、兵卒同志で、殴りあいをしたり寝台の下の早馳けなどは、あとから思い出すとむしろ無・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・をしていらしって、も少しするとおまえのところの叔父さんにちゃんと談をなすって、何でもおまえのために悪くないようにしてあげようって云っていらっしゃるのだから、辛いだろうがそんな心持を出さないで、少しの間辛抱おしでなくちゃあ済まないわ。」と・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫