・・・自矜、自愛。のこりものには、福が来る。なんぞ彼等の思い無げなる。死後の名声。つまり、高級なんだね。千両役者だからね。晴耕雨読。三度固辞して動かず。鴎は、あれは唖の鳥です。天を相手にせよ。ジッドは、お金持なんだろう? すべて、のらくら者の・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・そもそも、王子がラプンツェルと結婚出来たのも、またそれから末永く幸福に暮せたのも、みなこれひとえに、王さまと王妃さまの御慈愛のたまものじゃ。王さまと王妃さまに、もし御理解が無かったら、王子とラプンツェルとが、どんなに深く愛し合っていたとして・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・これは我が幼き日における深く限りなき父母の慈愛の想い出につながるからである。帰路のバスを待っていると葬礼の行列が通る。男は編笠を冠り白木綿の羽織のようなものを着ている。女は白頭巾に白の上っ被りという姿である。遺骨の箱は小さな輿にのせて二人で・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・一つは母の慈愛がそうさせたであろう。女中などが代わると、どうかするとばかに大きいのや堅びねりのが交じったり、線香の先で火のついたのを引き落として背中をころがり落とさせたりして、そうしてこっちが驚いておこるとよけいにおもしろがってそうするので・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ このようにわれらの郷土日本においては脚下の大地は一方においては深き慈愛をもってわれわれを保育する「母なる土地」であると同時に、またしばしば刑罰の鞭をふるってわれわれのとかく遊惰に流れやすい心を引き緊める「厳父」としての役割をも勤めるの・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ おでこは心の広さを現わし、小さく格好よく引きしまった鼻はインテリジェンスとデリカシーの表象であり、下がった目じりは慈愛と温情の示現である、という場合もあるであろう。しかしまたこれと反対の場合のあることももちろんであろう。 顔の美醜・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・この磧の涼味にはやはり母の慈愛が加味されていたようである。 高知も夕なぎの顕著なところで正常な天気の日には夜中にならなければ陸軟風が吹きださない。それに比べると東京の夏は涼風に恵まれている。ずっと昔のことであるが、日本各地の風の日変化の・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・子生るれば、父母力を合せてこれを教育し、年齢十歳余までは親の手許に置き、両親の威光と慈愛とにてよき方に導き、すでに学問の下地できれば学校に入れて師匠の教を受けしめ、一人前の人間に仕立ること、父母の役目なり、天に対しての奉公なり。子の年齢二十・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・然り而してその家の私徳なるものは、親子・兄弟姉妹、団欒として相親しみ、父母は慈愛厚くして子は孝心深く、兄弟姉妹相助けて以て父母の心身の労を軽くする等の箇条にして、能くこの私徳を発達せしむるその原因は、家族の起源たる夫婦の間に薫ずる親愛恭敬の・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・立てんなど喧しく議論して、あるいは儒道に由らんといい、あるいは仏法に従わんといい、あるいは耶蘇教を用いんというものあれば、また一方にはこれを悦ばず、儒仏耶蘇、いずれにてもこれに偏するは不便なり、つまり自愛に溺れず、博愛に流れず、まさにその中・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫