・・・久米正雄氏が嘗て美しい夫人を伴ってアメリカ人と肩を並べ悠々漫歩したパリのヴルールには、きょう、その時分にはなかった種類の示威行列がねっているそうである。与謝野晶子、藤村などが詩を語って、思い出の中にまざまざ生かしているであろうカフェー・リラ・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・歩道には、市内各署の特高のスパイが右往左往して日頃目星をつけている人物を監視したり今にもひっぱりそうな示威をしたりしている。おとなしく立っている女ばかり数人の私たちでさえ、いやな気がしてじっと一つところにはいられなかったほど、胡散くさい背広・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
・・・結局物質的な実力を誇るしかなかったし、その一つの示威運動として妻や娘を飾り立てずにはおられなかったろうし、妻達もいわゆる大名方の夫人達に対抗して、庶民であるが故に大袈裟な物見遊山の行列もつくれるし、芝居見物も出来るし、贔屓役者と遊ぶことも出・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ ニューヨークなどを通りますと、よく自動車に乗って旗をふりかざして行く、徴兵募集の示威運動になどあったものでした。 アメリカの少女達はそりゃ可愛いんですよ。そして活溌ですの。私達日本の少女のように臆病なほどはにかむようなことは決して・・・ 宮本百合子 「わたくしの大好きなアメリカの少女」
・・・を感じさせる。だけれども、科学者の仕事を通じて、たとえば原子力を文明が脅威をうけるものとしたのは、「資本」である。「科学上の発見の驚異」は巨人的な資本の脚によって運ばれ、忽ち「科学生産力の驚異」を示威する段階に立ち至った。科学は非人間的であ・・・ 宮本百合子 「私の信条」
・・・太田は祖父伝左衛門が加藤清正に仕えていた。忠広が封を除かれたとき、伝左衛門とその子の源左衛門とが流浪した。小十郎は源左衛門の二男で児小姓に召し出された者である。百五十石取っていた。殉死の先登はこの人で、三月十七日に春日寺で切腹した。十八歳で・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 木立のところどころで、じいじいという声がする。蝉が声を試みるのである。 白い雲が散ってしまって、日盛りになったら、山をゆする声になるのであろう。 この時只一人坂道を登って来て、七人の娘の背後に立っている娘がある。 第八の娘・・・ 森鴎外 「杯」
・・・凄じいのは音ばかり」こんな歌を歌って一座はどよめく。そのうち夜がふけたので、甘利は大勢に暇をやって、あとには新参の若衆一人を留めておいた。「ああ。騒がしい奴らであったぞ。月のおもしろさはこれからじゃ。また笛でも吹いて聞かせい」こ・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・なんだか六十ぐらいになった爺いさん婆あさんのようじゃありませんか。一体百年も逢わないようだと初めに云っておいて、また古い話をするなんとおっしゃるのが妙ですね。貴夫人。なぜ。男。なぜって妙ですよ。女の方が何かをひどく古い事のように言う・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・ 或る日、ナポレオンは侍医を密かに呼ぶと、古い太鼓の皮のように光沢の消えた腹を出した。侍医は彼の傍へ、恭謙な禿頭を近寄せて呟いた。「Trichophycia, Eczema, Marginatum.」 彼は頭を傾け変えるとボナパ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫