・・・ いま、ふと、ダンデスムという言葉を思い出し、そうしてこの言葉の語根は、ダンテというのではなかろうか、と多少のときめきを以て、机上の辞書を調べたが、私の貧しい英和中辞典は、なんにも教えて呉れなかった。ああ、ダンテのつよさを持ちたいものだ・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・どうも、辞書を引いてたったいま知ったような事を、自分の知識みたいにして得々として語るというのは、心苦しい事である。いやになる。けれども私は、自分がサタンでないという事を実証する為には、いやでも、もう少し言わなければならぬ。要するにサタンとい・・・ 太宰治 「誰」
・・・やはり私と同じように左の眼に白い眼帯をかけ、不快げに眉をひそめて小さい辞書のペエジをあちこち繰ってしらべて居られる御様子は、たいへんお可哀そうに見えました。私もまた、眼帯のために、うつうつ気が鬱して、待合室の窓からそとの椎の若葉を眺めてみて・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・、有閑ノ文字、無用ノ長物タルコト保証スル、飽食暖衣ノアゲクノ果ニ咲イタ花、コノ花ビラハ煮テモ食エナイ、飛バナイ飛行機、走ラヌ名馬、毛並ミツヤツヤ、丸々フトリ、イツモ狸寝、傍ニハ一冊ノ参考書モナケレバ、辞書ノカゲサエナイヨウダ、コレガ御自慢、・・・ 太宰治 「走ラヌ名馬」
・・・ 私の辞書に軽視の文字なかった。 作品のかげの、私の固き戒律、知るや君。否、その激しさの、高さの、ほどを! 私は、私の作品の中の人物に、なり切ったほうがむしろ、よかった。ぐうだらの漁色家。 私は、「おめん!」・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ 私はこのイズムには始めて出会ったので、早速英辞書をあけて調べていると psittaciというのは鸚鵡の類をさす動物学の学名で、これにイズムがついたのは、「反省的自覚なき心の機械的状態」あるいは「鸚鵡のような心的状態」という意味だとある・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・これを採用するとした上で山名の読み方が問題となるが、これは「大日本地名辞書」により、そのほかには小川氏著「日本地図帳地名索引」、また「言泉」等によることにした。それにしても、たとえば海門岳が昔は開聞でヒラキキと呼ばれ、ヒラキキ神社があるなど・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・書店の棚にはギリシア語やヘブライ語の辞書までも見いだされる。聖書の講義もあればギャング小説もある。 郵便局の横町にナンキン町がある。店にいて往来人をじろじろながめる人たちの顔つき目つきがどこかやはりちがう。なんとなくゲットーのような趣も・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ 警官は電車を待たさないために車掌の姓名を自署さしてすぐに帰した。それから私に「貴方御いそぎですか」と聞いた。私はこの警官に対して何となくいい感じを懐くと同時に自分の軽率な行為を恥じる心がかなり強く起った。 ここで自白しなければなら・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・毛氈のような草原に二百年もたった柏の木や、百年余の栗の木がぽつぽつ並んで、その間をうねった小道が通っています。地所の片すみに地中から空気を吹き出したり吸い込んだりする井戸があって、そこでその理屈を説明して聞かせました。低気圧が来る時には噴出・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
出典:青空文庫