・・・ インガは、予期しない光景に驚いている皆の前で自制を失わず、はっきりした声でルイジョフに迫った。「誰と? どこで?」 ドミトリーが、何か云おうとした。「どうしてあなたが出るんです? ドミトリー。私は何にも支持して貰うに及ばな・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・「ともすれば時勢の旋渦中に巻き込まれようとして纔に免れ」「辺務を談ぜないということを書いて二階に張り出し」たりした安井息軒の生きかたをそのままに眺めている鴎外の眼も、私に或る感興を与えた。この短い伝記の中に、鴎外にとって好ましい女の或る精神・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・ 文学の問題としてみるとき、新聞小説の通俗性の側から云々されるよりも、寧ろ、作家の本来的な内面生活からいかに思想、判断の慾望が衰頽して来ているかということが私たちの深い自省を促す点であると思う。〔一九三九年十一月〕・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
・・・そういうところも女として自省されるべきと思うという文章があって、座談会に出ていた一人である私は関心をひかれた。 女自身が自分に責任を問う必要があるということは、本当にそのひとの云う通りであると思う。そして、それが本当であるという理由から・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・それは自分の理想や、批判等と云うものの価値は如何に小さく力弱いものであるかと云う自省を第一に置いて、人生を完く相対的に観て行こうとする傾向である。 女性がとかく陥り易い空疎な主義や殉情的な甘さから脱して、人生をその儘 matter of・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・こういう場合、女主人公の吉村に対する心、自省、人間の生きてゆく態度について、より深い省察があると思う。よろこびとハッピーエンドにとどまるのは残念である。「春龍胆」柔かく抒情的にまとまっている。「何日かは春に」も、素朴だけれども、結核の治・・・ 宮本百合子 「『健康会議』創作選評」
・・・自分が生き、ひとを生かすために、女はますます多くの困難にうちかって行かなければならない時勢です。だから、明るい生活力を充実させる意味でも女は家庭にあっても何か一つ、中心的な仕事を持つことがのぞましいと、あなたはいっていらしたのだと思います。・・・ 宮本百合子 「現実の道」
・・・無口で、激情的で、うつりゆく時世を犇々と肌身にこたえさせつつギリギリのところまで鉄瓶を握りしめている心持が肯ける。久作という人物は、しかしあの舞台では本間教子の友代の、厚みと暖かさと活気にみちた自然な好技に、何とよく扶けられ、抱かれているこ・・・ 宮本百合子 「「建設の明暗」の印象」
・・・「やっぱり、こんな時勢だからでしょうね」と話した人は語った。 一九四五年十月という、日本にとって歴史的な月がすぎて、記念に、三木清賞の会が組織された。そしたら、その発起人の第一に、義理の兄弟である教授が名前を出していた。 云うに云え・・・ 宮本百合子 「行為の価値」
・・・十分そのことについて、自省もあり、時に自嘲的にさえなっているとしても、全体としての動きはそうなって行く悲しさがある。それから又突抜けて出る新鮮な力は、このゴミっぽい過程の間で磨滅しないでしょうか。私は磨滅させたくないと思います。 本が出・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫