・・・ 赤帽の言葉を善意に解するにつけても、いやしくも中山高帽を冠って、外套も服も身に添った、洋行がえりの大学教授が、端近へ押出して、その際じたばたすべきではあるまい。 宗吉は――煙草は喫まないが――その火鉢の傍へ引籠ろうとして、靴を返し・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・金を儲けたという、すさまじい重圧の下で、じっと我慢してりゃ良いのだ。じたばたする必要はないのだ。金があって苦しければ、そっくり国家へ献金すれば良いのだ。じたばたするのは、臆病だ。――おれはもう黙って見ていられなかった。いや、ますます黙したの・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・猪が、熊の毛の黒さにあこがれて、どんなにじたばたしたって、決して熊にはなれません。私は、あきらめました。二日あなたのお傍で遊ばせていただき、あなたに、あまり宿賃のお世話になるのも心苦しい事でしたので、私だけ先に、失礼して帰京いたしましたが、・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・おいしいのよ、本場ものだから。じたばたしないで、お出し。」 からだをゆすって、手のひらを引込めそうも無い。 不幸にして、田島は、カラスミが実に全く大好物、ウイスキイのさかなに、あれがあると、もう何も要らん。「少し、もらおうか。」・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・「いかって、とくした人ないと古老のことばにもある。じたばた十年、二十年あがいて、古老のシンプリシティの網の中。はははは。そうして、ふり仮名つけたのは?」「はい。すこし、よすぎた文章ゆえ、わざと傷つけました。きざっぽく、どうしても子供・・・ 太宰治 「創生記」
・・・「なんの意味だね?」「僕の弱さだ。こう、きざに気取らなければ、ひっこみがつかないのだ。業みたいなものだ。ひどく不気嫌になっている。」「じたばたして来たな。」「書くものがない。いろは四十七文字を書く。なんどもなんども、繰りかえ・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・するとこいつは、とてもこわがって、じたばたするんだよ。」そう言いながらラプンツェルは壁の裂け目からぴかぴか光る長いナイフを取り出して、それでもって鹿の頸をなで廻しました。可哀そうに、鹿は、せつながって身をくねらせ、油汗を流しました。ラプンツ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・とじこめちまえ、畜生めじたばたしやがるな、丸太をそこへしばりつけろ。何ができるもんか。わざと力を減らしてあるんだ。ようし、もう五六本持って来い。さあ、大丈夫だ。大丈夫だとも。あわてるなったら。おい、みんな、こんどは門だ。門をしめろ。かんぬき・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・やかましい。じたばたするな。」と蜘蛛が云いました。するとかげろうは手を合せて「お慈悲でございます。遺言のあいだ、ほんのしばらくお待ちなされて下されませ。」とねがいました。 蜘蛛もすこし哀れになって「よし早くやれ。」といってかげろ・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
・・・侵略的な戦争強行に抵抗して、現実にそれを阻止する力もないのに、ひとりよがりでじたばたするから、つかまったり、いじめられたりするのだ、と思われる傾きがあった。治安維持法はなるほど野蛮だが、その野蛮な法律がある以上、それにひっかかることをするな・・・ 宮本百合子 「世紀の「分別」」
出典:青空文庫