・・・しかし語られている現実について見ると、ソヴェトの文化の質的向上は、一見批評性の否定を意味するかのようなその小見出しの字面とは反対に、或る社会では、健全な社会性というものと文学作品に対する批評性とが一致して発露し得るという明るい現実の可能を示・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
・・・何百億という狂気めいた予算が丸のみされて、戦争は進められたのだが、その数億にしろ、現実には一銭なしにはじまらないのである。字面を万単位にしたいかめしい政府の計算にしろ一円は百銭である、という子供が先ず覚えはじめる勘定の基礎に与えられているの・・・ 宮本百合子 「郵便切手」
・・・衣服を剥がれたので痩肱に瘤を立てている柿の梢には冷笑い顔の月が掛かり、青白く冴えわたッた地面には小枝の影が破隙を作る。はるかに狼が凄味の遠吠えを打ち込むと谷間の山彦がすかさずそれを送り返し,望むかぎりは狭霧が朦朧と立ち込めてほんの特許に木下・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・秋ごろには、京都の杉苔の庭と同じように、一坪くらいの地面にふくふくと生えそろった。これはしめたと思って大切に取り扱い庭一面に広がるのを楽しみにしていたのであるが、冬になって霜柱が立つようになると、消えてなくなった。翌年も少しは出たが、もう前・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫