・・・小僧はだぶだぶの白足袋に藁草履をはいて、膝きりのぼろぼろな筒袖を着て、浅黄の風呂敷包を肩にかけていた。「こらこら手前まだいやがるんか。ここは手前なぞには用のないところなんだぜ。出て行け!」 掃除に来た駅夫に、襟首をつかまえられて小突・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・そのかわりそんなきれを鼻緒に巻いた藁草履やわかめなどを置いて行ってくれる。ぐみややまももの枝なりをもらったこともあった。しかしその女の人はなによりも色濃い島の雰囲気を持って来た。僕たちはいつも強い好奇心で、その人の謙遜な身なりを嗅ぎ、その人・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・一室に孤座する時、都府の熱閙場裡にあるの日、われこの風光に負うところありたり、心屈し体倦むの時に当たりて、わが血わが心はこれらを懐うごとにいかに甘き美感を享けて躍りたるぞ、さらに負うところの大なる者は、われこの不可思議なる天地の秘義に悩まさ・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・しかしすぐれた倫理学を熟読するならば、いかに著者の人間が誠実に、熱烈に、条理をつくして、その全容を表現しているかを見出して、敬慕の念を抱かずにはいられないであろう。それは文芸の傑作に触れた感動にも劣るものではない。そしてその感染性とわれわれ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・やっと歩きだした二人目の子供が、まだよく草履をはかないので裸足で冷えないように、小さい靴足袋を買ってやらねばならない。一カ月も前から考えていることも思い出した。一文なしで、解雇になってはどうすることも出来なかった。 彼は、前にも二三度、・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・禽も啼かざる山間の物静かなるが中なれば、その声谿に応え雲に響きて岩にも侵み入らんばかりなりしが、この音の知らせにそれと心得てなるべし、筒袖の単衣着て藁草履穿きたる農民の婦とおぼしきが、鎌を手にせしまま那処よりか知らず我らが前に現れ出でければ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ 青い着物を着、青い股引をはき、青い褌をしめ、青い帯をしめ、ワラ草履をはき、――生れて始めて、俺は「編笠」をかぶった。だが、俺は褌まで青くなくたっていゝだろうと思った。 向うのコンクリートの建物の間を、赤い着物をきた囚人が一列に並ん・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・山崎のお母さんは警察に行っても、ガン/\怒鳴らなかったが、自分の云い出したことは一歩も引かなかったし、それを条理の上からジリ/\やって行った。ケイサツでは上田のお母アはちっとも苦手でなかったが、この山崎のお母さんには一目おいていたらしい。山・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・彼は自分もまた髪を長くし、手造りにした藁の草履を穿いていたような田舎の少年であったことを思出した。河へ抄いに行った鰍を思出した。榎の樹の下で橿鳥が落して行った青い斑の入った羽を拾ったことを思出した。栗の樹に居た虫を思出した。その虫を踏み潰し・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・と、またあちらへすたすたと、草履の踵へ短い影法師を引いて行く。 鳩は少しも人に怖れぬ。 自分は外へ出てみたくなる。藤さんは一人で座敷で縫物をしている。いっしょに浜の方へでも出てみぬかと誘うと、「そうですね」と、にっこりしたが・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫