・・・するとたちまち道ばたに農夫の子らしい童児が一人、円い石を枕にしたまま、すやすや寝ているのを発見した。加藤清正は笠の下から、じっとその童児へ目を落した。「この小倅は異相をしている。」 鬼上官は二言と云わずに枕の石を蹴はずした。が、不思・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・その内に祖母は病気の孫がすやすや眠り出したのを見て、自分も連夜の看病疲れをしばらく休める心算だったのでしょう。病間の隣へ床をとらせて、珍らしくそこへ横になりました。 その時お栄は御弾きをしながら、祖母の枕もとに坐っていましたが、隠居は精・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・多加志は妻の母の腕を枕に、すやすや寝入っているらしかった。妻は自分の来たのを知ると一人だけ布団の上に坐り、小声に「どうも御苦労さま」と云った。妻の母もやはり同じことを云った。それは予期していたよりも、気軽い調子を帯びたものだった。自分は幾分・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・妹のアグネスは同じ床の中で、姉の胸によりそってすやすやと静かに眠りつづけていた。千二百十二年の三月十八日、救世主のエルサレム入城を記念する棕櫚の安息日の朝の事。 数多い見知り越しの男たちの中で如何いう訳か三人だけがつぎつぎにクララの夢に・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・まだそれよりか、毒虫のぶんぶん矢を射るような烈い中に、疲れて、すやすや、……傍に私の居るのを嬉しそうに、快よさそうに眠られる時は、なお堪らなくって泣きました。」 聞く方が歎息して、「だってねえ、よくそれで無事でしたね。」 顔見ら・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・日あたりの納戸に据えた枕蚊帳の蒼き中に、昼の蛍の光なく、すやすやと寐入っているが、可愛らしさは四辺にこぼれた、畳も、縁も、手遊、玩弄物。 犬張子が横に寝て、起上り小法師のころりと坐った、縁台に、はりもの板を斜めにして、添乳の衣紋も繕わず・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ ト枕を並べ、仰向になり、胸の上に片手を力なく、片手を投出し、足をのばして、口を結んだ顔は、灯の片影になって、一人すやすやと寝て居るのを、……一目見ると、それは自分であったので、天窓から氷を浴びたように筋がしまった。 ひたと冷い汗に・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・ とほんのり瞼を染めながら、目を塞いでしかも頼母しそう、力としまするよう、小宮山の胸で顔を隠すように横顔を見せ、床を隔てながら櫛巻の頭を下げ、口の上辺まで衾の襟を引寄せましたが、やがてすやすやと寐入ったのでありまする。 その時の様子・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・私は一軒の貧しげな家をのぞきますと、二人の子供は、昼間の疲れですやすやとよく休んでいました。姉のほうの子は、工場へいって働いているのです。弟のほうの子は、電車の通る道の角に立って新聞を売っているのです。二人の子供は、よくお母さんのいうことを・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・ その明くる日、おじいさんは気分が悪くなって床につくと、すやすやと眠るように死んでしまいました。いいおじいさんをなくして、村人は悲しみました。そうして、懇ろにおじいさんを葬って、みんなで法事を営みました。「ほんとうに、だれからでも慕・・・ 小川未明 「犬と人と花」
出典:青空文庫