・・・いうならば所謂坂田の将棋の性格、たとえば一生一代の負けられぬ大事な将棋の第一手に、九四歩突きなどという奇想天外の、前代未聞の、横紙破りの、個性の強い、乱暴な手を指すという天馬の如き溌剌とした、いやむしろ滅茶苦茶といってもよいくらいの坂田の態・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・ 律義な女事務員のように時間は正確であった。 まるで出勤のようであった。しかし、べつに何をするというわけでもない。ただ十時になると、風のようにやって来て、お茶を飲みながら、ちょぼんと坐っているだけだ。そして半時間たつと再び風のように・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・たが、あの際大吉は凶にかえるとあの茶店の別ピンさんが口にしたと思いますが、鎌倉から東京へ帰り、間もなく帰郷して例の関係事業に努力を傾注したのでしたが、慣れぬ商法の失敗がちで、つい情にひかされやすい私の性格から、ついにある犯罪を構成するような・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ 惣治は今に始まらぬ兄の言うことのばかばかしさに腹が立つよりも、いつになったらその創作というものができて収入の道が開けるのか、まるで雲を攫むようなことを言ってすましていられる兄の性格が、羨ましくもあり憎々しくもあるような気がされた。・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・柔毛の密生している、節を持った、その部分は、まるでエンジンのある部分のような正確さで動いていた。――その時の恰好が思い出せた。腹から尻尾へかけてのブリッとした膨らみ。隅ずみまで力ではち切ったような伸び縮み。――そしてふと蝉一匹の生物が無上に・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・その正確な敏捷さは見ていておもしろかった。「お前達は並んでアラビア兵のようだ」「そや、バグダッドの祭のようだ」「腹が第一滅っていたんだな」 ずらっと並んだ洋酒の壜を見ながら自分は少し麦酒の酔いを覚えていた。 ・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・然し悪く疲れているときなどは、それが正確な音程で聞えない。――それはいいのです。困るのはそれがもう此方の勝手では止まらなくなっていることです。そればかりではありません。それは何時の間にか私の堪らなくなる種類のものをやります。先程の婦人がそれ・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・普段にぼんやりとしかわからなかった人間の性格と云うものがこう云うときに際してこそその輪郭をはっきりあらわすものだということを私は今に於て知ります。彼もまたこの試練によってそれを深めてゆくのでしょう。私はそれを美しいと思います。 Aの家へ・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ 天然と歴史とは往々にして偉大なる男性に、超家庭的の性格と使命とを与える。すべての男性が家庭的で、妻子のことのみかかわって、日曜には家族的のトリップでもするということで満足していたら、人生は何たる平凡、常套であろう。男性は獅子であり、鷹・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・カントは人間の英知的性格の中にその源を求めた。しかし自由を現象界から駆逐して英知的の事柄としたのでは、一般にカントの二元論となり終わり、われわれの意識を超越した英知的性格の行為にわれわれが責任を持つということが無意味になってしまう。 ハ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
出典:青空文庫