・・・「今入れているじゃありませんか、性急ない児だ」と母は湯呑に充満注いでやって自分の居ることは、最早忘れたかのよう。二階から大声で、「大塚、大塚!」「貴所下りてお出でなさいよ」と母が呼ぶ。大塚軍曹は上を向いて、「お光さん、お光さ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 小石川の方へも左迄は請求れないもんですから、お梅だけは奉公に出すことにして、丁度一昨々日か先方へ行きましたの。」「まあ何処へなの?」「じき其処なの、日蔭町の古着屋なの。」「おさんどんですか。」「ハア。」「まあ可哀そうに・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・そこで、スパイに借られ、食われたものは、代金請求もよくせずに、黙って食われ損をしているのだ。「山の根へ薪を積むとて行ってるんだよ。」宗保が気をきかした。「ヘエエ。」 スパイは、疑い深かげな眼で三人を眺めた。そして、ついて来た。・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・ と婆やはきまりのようにそれを言って、渋々おげんの請求に応じた。 こうした場合ほどおげんに取って、自分の弱点に触られるような気のすることはなかった。その度におげんは婆やが毎日まめまめとよく働いてくれることも忘れて、腹立たしい調子にな・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 奥さんは性急な、しかし良家に育った人らしい調子で、「宅じゃこの通り朝顔狂ですから、小諸へ来るが早いか直ぐに庭中朝顔鉢にしちまいました――この棚は音さんが来て造ってくれましたよ――まあこんな好い棚を――」 と高瀬に話した。奥さん・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 女房は是非この儘抑留して置いて貰いたいと請求した。役場では、その決闘と云うものが正当な決闘であったなら、女房の受ける処分は禁獄に過ぎぬから、別に名誉を損ずるものではないと、説明して聞かせたけれど、女房は飽くまで留めて置いて貰おうとした・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・家内にも言いきかせ、とにかく之は怪しいから、そっくり帯封も破らずそのままにして保存して置くよう、あとで代金を請求して来たら、ひとまとめにして返却するよう、手筈をきめて置いたのである。そのうちに、新聞の帯封に差出人の名前を記して送ってくるよう・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・帰る時には、党の費用だといって、十円、二十円を請求する。泣きの涙で手渡してやると、「ダンケ」と言って帰って行く。 さらに一人、実に奇妙な友人がいた。有原修作。三十歳を少し越えていた。新進作家だという事である。あまり聞かない名前であるが、・・・ 太宰治 「花火」
・・・稿料六十円を請求する。バカ。いま払えなかったら貸して置く。 太宰治 「無題」
・・・とか、一昨日、墨堤を散歩し奇妙な草花を見つけた、花弁は朝顔に似て小さく豌豆に似て大きくいろ赤きに似て白く珍らしきものゆえ、根ごと抜きとり持ちかえってわが部屋の鉢に移し植えた、とかいうようなことを送金の請求もなにも忘れてしまったかのようにのん・・・ 太宰治 「ロマネスク」
出典:青空文庫