・・・なんという布地か、私にはわかりませんけれど、濃い青色の厚い布地の袷に、黒地に白い縞が一本はいっている角帯をしめていました。書斎は、お茶室の感じがしました。床の間には、漢詩の軸。私には、一字も読めませんでした。竹の籠には、蔦が美しく活けられて・・・ 太宰治 「恥」
・・・というのは亡兄の遺作に亡兄みずから附したる名前であって、その青色の二尺くらいの高さの仏像は、いま私の部屋の隅に置いて在るが、亡兄、二十七歳、最後の作品である。二十八歳の夏に死んだのだから。 そういえば、私、いま、二十七歳。しかも亡兄のか・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・はげしいのは、生殖の途が絶たれてしまうそうだが、中には先生のようになるのもあるということだ。よく例があるって……僕にいろいろ教えてくれたよ。僕はきっとそうだと思う。僕の鑑定は誤らんさ」 「僕は性質だと思うがね」 「いや、病気ですよ、・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・竹が美しい若葉を着けるのは、子が既に若竹になってからである。生殖を営んで居る間の衰えということをある時つくづく感じたことがあった。 花曇り、それが済んで、花を散らす風が吹く。その後に晩春の雨が降る。この雨は多く南風を伴って来る。昨日の花・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・アフリカでは食うことの不自由はないであろうからやはり生命の敵に対する防衛の便宜から自然に集団生活に慣らされたのか、それとも生殖の便宜からか、あるいはスポーツのためだか自分にはわからない。それはとにかくアフリカ映画でこれらのたくさんな動物の群・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・蜜蜂の雄虫は生殖の役目を果たすと同時に空中から石のごとく墜ちて死ぬ。かまきりの雄は雌に食われてその栄養になる。こういう現象の共通性はどうも偶然とは思われない。種族の保存上必要な天然の経済理法によるものかもしれない。人間の場合にこの理法がどう・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・植物でも少しいじめないと花実をつけないものが多いし、ぞうり虫パラメキウムなどでもあまり天下泰平だと分裂生殖が終息して死滅するが、汽車にでものせて少しゆさぶってやると復活する。このように、虐待は繁盛のホルモン、災難は生命の醸母であるとすれば、・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・一体に朱赤色や濃黄色といったような熱色の花には単調な色彩が多くて紫青色がかったものや紅でも紫がかったものにはこうした色のかがよいとでもいったものがあるらしい。柱作りに適するローヤル・スカーレットという薔薇がある。濃紅色の花を群生させるが、少・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・は、正当の意味での遺伝として生殖細胞のクロモソームを通して子孫に伝わるのでなくして、むしろ「教育の効果」として伝わるのかもしれない。われわれのまだ物心のつかないような幼時に、母親とか子守りとかといっしょにいた時に、偶然それらの動物を目撃して・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 朝顔の色を見て、それから金山から出る緑砂紺砂の色、銅板の表面の色などの事を綜合して「誠に青色は日輪の空気なる色なるを知る」などと帰納を試みたりしているのもちょっと面白かった。 新しもの好き、珍しいもの好きで、そしてそれを得るために・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫