・・・ 丁度目の前を製糸工場、赤いバラの労働婦人群が通過するところである。女を台所から解放しろ!生産経済計画を実現しろ!五ヵ年計画を四年で! これらスローガンを書いた赤い横旗を捧げて行く二人の女は、コーカサスの風俗をし・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・二日ばかりして、また来ていうことには、「どうも弱りました。製紙会社が合同して王子へ独占になったような形なので、競争がなくなったもんですから、一般に紙質をわるくしてしまったんだそうです。同じ名や番号の紙でもやっぱり質は下って来ているんで、どう・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
・・・ バルザックは嘘偽も人世のリアリティーの一つであることを正視する勇気をもっていた。 ゴンクールが自然主義作家であったが、大なるリアリスト作家でなかった所以。 そして、フランスの知識人は、彼等の人生に正当なおき場所で政治をうけとり・・・ 宮本百合子 「折たく柴」
・・・日本の工場学校と云えば体のいい徒弟養成所か、さもなければ製糸所の女工さんなどをプロレタリアの女として目ざまさない為に、いろんなブルジョアくさい女学校の型ばかりの真似をして、役にも立たない作文だの、活花だの、作法だので労働の中から自ずと湧く階・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・小学卒業したまま製糸工場の寄宿舎へつれて来られた小さい女の子たちは自分たちのおかれている悪事情さえ意識できない程度であるが、女学校以上専門学校出の職業婦人は、この点では敏感であり、人間としての自尊心もある。社会事情はその人間的なものを苦しめ・・・ 宮本百合子 「現実の道」
・・・胸に抱けば 暖かろう蓋をすかし そっと覗けば 眼も耀こう愉しい 我心の歓びが還り愛が とけ恐ろしい横眼が真直な 正視に 微笑もう。何処かに此 赫きと色とを掬いとる 小籠はないか賢い ハンス・ア・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・一年半ばかりゴロゴロ そこの妻君の兄のところへうつる、 そこはい難いので夜だけ富士製紙のパルプをトラックにつんで運搬した、人足 そしたら内になり 足の拇指をつぶし紹介されて愛婦の封筒書きに入り居すわり六年法政を出る、「あすこへ入らな・・・ 宮本百合子 「SISIDO」
・・・ 千世子が、おかっぱと制服の裾を膨らませ、二階から駈け降りて来た。「お母様、工合がおわるいって?」「ええ。お姉様いつ帰ってらしったの」「今かえったの。――寝てらっしゃるの」 千世子は、何だか当惑そうに合点した。そして、少・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
劇場の廊下で知り合いになってからどう気が向いたものか肇はその時紹介して呉れた篤と一緒に度々千世子の処へ出掛けた。 千世子は斯うやってちょくちょく気まぐれに訪ねて来る青年に特別な注意は、はらわなか・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
千世子は大変疲れて居た。 水の様な色に暮れて行く春の黄昏の柔い空気の中にしっとりとひたって薄黄な蛾がハタハタと躰の囲りを円く舞うのや小さい樫の森に住む夫婦の「虫」が空をかすめて飛ぶのを見る事はいかにも快い・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫