・・・ このような小動物の性情にすでに現われている個性の分化がまず私を驚かせた。物を言わない獣類と人間との間に起こりうる情緒の反応の機微なのに再び驚かされた。そうしていつのまにかこの二匹の猫は私の目の前に立派に人格化されて、私の家族の一部とし・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・には犯罪被疑者がその性情によって色々とその感情表示に差違のあることを述べ「拷問」の不合理を諷諌し、実験心理的な脈搏の検査を推賞しているなども、その精神においては科学的といわれなくはないであろう。「小指は高くゝりの覚」で貸借の争議を示談させる・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・そうして、人間の性情の型を判断する場合にこの方がむしろ手相判断などよりも、もっと遥かに科学的な典拠資料になりはしないかと想像される。 少なくも、真黒な指の痕をつけている人は、名札の汚れなどという事には全然無関心な人であるというくらいのこ・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 真菰の精霊棚、蓮花の形をした燈籠、蓮の葉やほおずきなどはもちろん、珍しくも蒲の穂や、紅の花殻などを売る露店が、この昭和八年の銀座のいつもの正常の露店の間に交じって言葉どおりに異彩を放っていた。手甲、脚絆、たすきがけで、頭に白い手ぬぐい・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・もっとも多くの場合にこのような独創力と耐久力を併有しているような種類の人間は、同時にその性状が奇矯で頑強である場合が多いから、学者と言っても同じく人間であるところの同学や先輩の感情を害することが多いという事実も争われないのである。そういう風・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・とかを意味し、またそういう性情をもつ人をさしていう言葉である。この二老人はたぶん自分の郷里の人でだれか同郷の第三者のうわさ話をしながら、そういう適切な方言を使ったことと想像される。 それはなんでもないことであるが、私がこの方言を聞いてび・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・実際子供やヒステリックな婦人などの場合では、泣いているかと思うと笑っていて、どちらだかわからない場合が多いし、また正常なおとなでも歓楽きわまって哀情を生じたり、愁嘆の場合に存外つまらぬ事で笑いだすような一見不思議な現象がしばしば見らるるので・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・うちの器械で鋼鉄の針でやる時にあまりに耳立ちすぎて不愉快であったピッコロのような高音管楽器の音が、いい器械で竹針を用いれば適当に柔らげられ、一方ではまた低音の弦楽器の音などがよほど正常の音色を出す事を知った。 年の暮れに余分な銭のあった・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・笑う人は馬の名を知り馬の用を知り馬の性情形態を知れどもついに馬を知る事はできぬのである。馬を知らんと思う者は第一に馬を見て大いに驚き、次に大いに怪しみ、次いで大いに疑わねばならぬ。 寺院の懸灯の動揺するを見て驚き怪しんだ子供がイタリアピ・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・もし自分が今でもこの匂いの実感を持合わさなかったとしたら、江戸時代の文學美術その他のあらゆる江戸文化を正常に認識することは六かしいのではないかという気もする。 石油ランプはまた明治時代の象徴のような気もする。少なくも明治文化の半分はこの・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
出典:青空文庫