・・・貴様は何じゃ、往来で大声放歌はならんちゅう位の事は心得て居るじゃろう。どうも恐れ入りましてございます。恐れ入ったではいかんじゃないか。恐れ入りましてございます。貴様姓名は何というか。へ私は神田八丁堀二丁目五十五番地ふくべ屋呑助と申します、ど・・・ 正岡子規 「煩悶」
・・・永遠の生命を思わせるね。」「実に僕たちの理想だね。」 雲のみねはだんだんペネタ形になって参りました。ペネタ形というのは、蛙どもでは大へん高尚なものになっています。平たいことなのです。雲の峰はだんだん崩れてあたりはよほどうすくらくなり・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・「よろしい。わかった。」とネネムの裁判長が云いました。「姓名年齢、その通りに相違ないか。」「相違ありません。」「その方はアツレキ三十一年二月七日、伊藤万太方の八畳座敷に故なくして擅に出現したることは、しかとその通りに相違ない・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・アンモニアの効くことは県の衛生課長も声明しています。」「あてにならん。」「そうですか。とにかく、だいぶ腫れて参ったようです。」 親方のアーティストは、少ししゃくにさわったと見えて、プイッとうしろを向いて、フラスコを持ったまま向う・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・闇の循環で、細々生きているような生命の扱いかたをどんな婦人がよろこばしいと思うだろう。 婦人の道徳の頽廃が歎かれている。しかし、これとても、一方では、食物につながった社会問題なのである。婦人の労働問題の合理的な解決が必要である一方に、食・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・彼は三十四年目で始めて、彼女が有坂イサヲと云う姓名で、籍は二里近く離れた柳田村にあることを知った。 此那奇蹟的関心が沢や婆に払われるには原因があった。仙二の家の納屋をなおした小屋に沢や婆は十五年以上暮していた。一月の三分の二はよその屋根・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・つまり、ファシズムに抗議するストライキ、ファシズムに抗議するデモンストレーション、ファシズムに抗議する声明書、それらの集団的な抵抗の裏づけとして本当に一人一人が、自分の生活態度の全面でどんな抗議を行っているか、それを明瞭に意識において見なけ・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・であり、改革された土地に対する新しい自分たちの権利について署名したのが、自分の姓名のかきはじめだというような事情は、ロシヤの人民が文盲撲滅運動でピオニェールからアルファベットをおそわった頃、まずおぼえたのが、「ソヴェト」という字であったこと・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 宗達の作品もいろいろであろうが、この作品のように清明で、精気こもった動的な美しさは、心から私たちをよろこばすものの一つだと思う。人間の艷、仕事の艷というものについて、宗達は、目から精神にそそぎ込む多くのものをもっているのである。 ・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・何人かの姓名が告げられた。評論家も何人か入っている。窪川夫妻も、すれすれだろうということであった。私は、かかえた風呂敷包みの中に、ついそこで買ったお正月用の「きんとん」の包をもっていた。半分は、白いうずら豆の「きんとん」ではあったが、たっぷ・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
出典:青空文庫