・・・ こんな風だったから、瀬戸内海などを航行する時、後ろから追い抜こうとする旅客船や、前方から来る汽船や、帆船など、第三金時丸を見ると、厄病神にでも出会ったように、慄え上ってしまった。 彼女は全く酔っ払いだった。彼女の、コムパスは酔眼朦・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・あの蒼白いつるつるの瀬戸でできているらしい立派な盤面の時計です。「さあじき一時だ、みんな仕事に行ってくれ。」農夫長が云いました。 赤シャツの農夫はまたこっそりと自分の腕時計を見ました。 たしかに腕時計は一時五分前なのにその大きな・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
・・・玄関は白い瀬戸の煉瓦で組んで、実に立派なもんです。 そして硝子の開き戸がたって、そこに金文字でこう書いてありました。「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」 二人はそこで、ひどくよろこんで言いました。・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・みんな六つの瀬戸もののエボレットを飾り、てっぺんにはりがねの槍をつけた亜鉛のしゃっぽをかぶって、片脚でひょいひょいやって行くのです。そしていかにも恭一をばかにしたように、じろじろ横めでみて通りすぎます。 うなりもだんだん高くなって、いま・・・ 宮沢賢治 「月夜のでんしんばしら」
・・・アツレキ三十一年二月七日、表、日本岩手県上閉伊郡青笹村字瀬戸二十一番戸伊藤万太の宅、八畳座敷中に故なくして擅に出現して万太の長男千太、八歳を気絶せしめたる件。」「よろしい。わかった。」とネネムの裁判長が云いました。「姓名年齢、その通・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ときくのだけれど、この大切な瞬間のお祖母さんはその経験ふかい白髪にかかわらず、さながら大きい棒パンのようにただ立って、切なげな表情をして、或る意味で人生の瀬戸ぎわに立っている孫娘にくりかえして云えることと云えば、赤坊の時分から唇に馴れた「さ・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・二間ばかりもあるかと思われるひろさで流れている水は澄んでいて流れの底に、流れにそってなびいている青い水草が生えているのや、白い瀬戸ものの破片が沈んでいるのや、瀬戸ひき鍋の底のぬけたのが半分泥に埋まっているのなどが岸のところから見えていた。大・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・ 白い瀬戸を引いたなべの中に青光る小魚が泳いで居た。あみを流れのすぐそばに置いて二人は今すくった少しばかりの小魚をなべの中にあけて居る間にあみは一つフラフラと流れ出した。 二人の気のついた時にはもうかなりはなれた所を浮いて居た。・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・うちの瀬戸さんは、そこでモチアミをあてました。 神田では三省堂を出てから夜店の古本を見て十銭でエジソン伝など掘出し、あすこの不二家へよってコーヒーとお菓子をたべ、バスで高田の馬場までかえりました。おなかをすかして、とろろで御飯をたべ、そ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ ピーター大帝は曲馬場横の妙な細長い広場で永遠にはね上る馬を御しつづけ、十二月二十五日通りの野菜食堂では、アルミニュームの食器の代りに、白い金ぶちの瀬戸の器をつかっている。ドイツ語の小形の詩の本をよみながら黒い装いをした一人の婆さん・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫