・・・ 私は自分の落度を度外視して忠実な車掌を責めるような気もなければ、電気局に不平を持ち込もうというような考えももとよりない。 しかしこの自身のつまらぬ失敗は他人の参考になるかもしれない、少なくも私のように切符の鋏穴をいじって拡げるよう・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・でない事をもって学説の創設者を責めるのは、完全でない事をもって人間に生まれた事を人間に責めるに等しい。 人間を理解し人間を向上させるためには、盲目的に嘆美してはならないし、没分暁に非難してもならないと同様に、一つの学説を理解するためには・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・そして不平を言い人を責める前にわれわれ自身がもう少ししっかりしなくてはいけないという気がして来た。 断水はまだいつまで続くかわからないそうである。 どうしても「うちの井戸」を掘る事にきめるほかはない。・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・芸術にでも総てそういうような一種の法則というものがあって、それを守らなければならぬように周囲が吾人に責めるのであります。一方ではイミテーション、自分から進んで人の真似をしたがる。一方ではそういう法則があって、外の人から自分を圧迫して人に従わ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・終に記者と士官とが相談して二、三人ずつの総代を出して船長を責める事になった。自分も気が気でないので寐ても居られぬから弥次馬でついて往た。船長と事務長とをさんざん窮迫したけれど既往の事は仕方がない。何でも人夫どもに水を飲ませるのが悪いというの・・・ 正岡子規 「病」
・・・ お里や早瀬の時には心づかなかったが、小町になって、少将が夜な夜な扉を叩く音が宛然、我身を責めるように「響く」と云うのを、宗之助は、高々と「シビク」と云った。無神経はよろこばしくない。〔一九二三年七月〕・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・ それを捕え、まさ子は半分冗談で攻めるように、「国府津へなんか来いと仰云るから悪いんですよ」などと云った。 なほ子は台所へ出て行き、冷肉を拵える鶏を注文させた。料理台の傍に立っている女中に、「晩に上るもの、何か拵えた・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・ リージンの大柄な口紅を濃くつけた細君は、いかにも夫の手抜かりを攻める面持で、自分たちのいる横で二人だけあっちへのせろ、と云っている。リージンは自分から誘って坐席の割前を助かろうとした手前、ではあっちへ二人でとは云いかね、「そんなことは・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・とがめ、責める先に暗澹とした心持になります。 こう云う、本当のあやまちを少なくするには、どう心掛けたらいいのでしょう。 近頃頻りにいわれる性教育も、補助的知識の一つとしては無いに勝るでしょう。けれども、人間として自分達が出来るだけ崇・・・ 宮本百合子 「惨めな無我夢中」
・・・三 また、私は人を責めることの恐ろしさをもしみじみと感じました。私はある思想に拠って行為を非難する事があります。そうして時には自分の行為もまた同じように非難せられなければならない事を忘れています。 ある時私は友人と話して・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫