・・・ さて大学生諸君、その晩空はよく晴れて、金牛宮もきらめき出し、二十四日の銀の角、つめたく光る弦月が、青じろい水銀のひかりを、そこらの雲にそそぎかけ、そのつめたい白い雪の中、戦場の墓地のように積みあげられた雪の底に、豚はきれいに洗われて、・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・校長先生の息子さんの経営で軍需インフレで繁栄している工場へ働いて、貰ったいくばくかの金を再び学校で、その阿母さんに払うのだとしたら、それらの可憐な女学生女工の二時間の労働というものの実質は、どこでどのように支払われたということになるのだろう・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・というのは、当時文学者として自分ぐらいの者になっているものはいいが、まだ人の世話になって小説の修業をしているような文学青年は、ペンをすてて戦場へ赴くべきだといった室生犀星をはじめとして、能動精神をとなえた作家のすべてをひっくるめて、文学は戦・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・戦の罪悪は、戦がその戦場でやった非人道的なことのほかに、こうして殺すという恐ろしいことについて無感覚になった人間を非常にたくさん日本の中にもたらした点にあります。これは非常に恐ろしいことだと思う。基本的人権の問題をいう場合も……。 新聞・・・ 宮本百合子 「浦和充子の事件に関して」
・・・ 女性が人として存在を認められない場合、一般の婦人界が、人類の線上まで浮び上る事は出来ないのでございます。 私は、米国婦人の伸張された権利と、知識との価値を肯定すると共に、其等は悉く、彼女等が、人類として愛され、人類として尊重され鞭・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・俗悪出版企業者は、現代の心理の一面を、誇張し、煽情し、刺戟して、一銭でもより多く投じさせようとする。営利映画会社では、より濃厚な情痴の場面を、と先をあらそっている。 次第に覚醒している日本の民衆が肚の底からそのためにたたかっているより明・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
・・・くにしても、減俸された世帯をどうやりくるかという末のことばかりを書くが、『働く婦人』では何故減俸が起ったかという根本のところまでを示すものだと、まるでブルジョア婦人雑誌とプロレタリア婦人雑誌とは同一の線上に立ちながらただ程度の差によってその・・・ 宮本百合子 「婦人雑誌の問題」
・・・ 今や諧謔の徒は周囲の人を喜ばすためにかれをして『糸くず』の物語をやってもらうようになった、ちょうど戦場に出た兵士に戦争談を所望すると同じ格で。あわれかれの心は根底より壊れ、次第に弱くなって来た。 十二月の末、かれはついに床についた・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・いつでも「木村先生一派の風俗壊乱」という詞が使ってある。中にも西洋の誰やらの脚本をある劇場で興行するのに、木村の訳本を使った時にこのお極りの悪口が書いてあった。それがどんな脚本かと云うと、censure の可笑しい程厳しいウィインやベルリン・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・その内寛永十四年嶋原征伐と相成り候故松向寺殿に御暇相願い、妙解院殿の御旗下に加わり、戦場にて一命相果たし申すべき所存のところ、御当主の御武運強く、逆徒の魁首天草四郎時貞を御討取遊ばされ、物数ならぬ某まで恩賞に預り、宿望相遂げず、余命を生延び・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫