・・・ ホモイはそれを見るとぞっとして、いきなり跳び退きました。そして声をたてて逃げました。 その時、空からヒュウと矢のように降りて来たものがあります。ホモイは立ちどまって、ふりかえって見ると、それは母親のひばりでした。母親のひばりは、物・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ ネネムはそれを見て思わずぞっとしました。 それこそはたびたび聞いた西蔵の魔除けの幡なのでした。ネネムは逃げ出しました。まっ黒なけわしい岩の峯の上をどこまでもどこまでも逃げました。 ところがすぐ向うから二人の巡礼が細い声で歌を歌・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ーロは動かなくなる、デストゥパーゴがそれをまためちゃくちゃにふみつける、ええ、もう仕方ない持ってけ持ってけとデストゥパーゴが云う、みんなはそれを乾溜工場のかまの中に入れる、わたくしはひとりでかんがえてぞっとして眼をひらきました。(ああ、・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・荷車を引いて、棍棒を持って犬殺しが来た、と、私共同胞三人は、ぞっとして家の中に逃げ込んだものだ。 白が死んだのは犬殺しに殺されたのか、病気であったのか。今だに判らない。きいて見ても母さえ忘れて居る。どうして連れて来られたのか知らないしろ・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・私の大嫌な作った姫様声は熱を持ち、響き、打掛の裾をさばいての大きな運動とともに、体中ぞっとするような真実に打たれた心持は忘れ難い。 無理之助が現れて、さては騙かれたかと心付く辺以下もよかった。「極楽の鬼」 第一の感じ。随分賑やか・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・ 心はせかせかして足取りや姿は重く止めどなくあっちこっち歩き廻った、祖母もあんまりぞっとしない様な顔をしてだまって明るくない電気のまどろんだ様な光線をあびて眼をしばたたいて居た。「兄弟達にも可愛がられないで不運な子って云うのよ。・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・お松はこう云ったが、自分の声が不断と変っているのに気が附いて、それと同時にぞっと寒けがした。 お花はこわくて物が言えないのか、黙って合点々々をした。 二人は急いで用を足してしまった。そして前に便所に這入る前に立ち留まった処へ出て来る・・・ 森鴎外 「心中」
・・・それはこわい物でもなんでもないが、それが見えると同時に、小川は全身に水を浴せられたように、ぞっとした。見えたのは紅唐紙で、それに「立春大吉」と書いてある。その吉の字が半分裂けて、ぶらりと下がっている。それを見てからは、小川は暗示を受けたよう・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・例えば、今思ってもぞっとするというようなことで、運よく生命が助かったというようなことですがね。」と、梶は、あの思惑から話半ばに栖方に訊ねてみた。「それはもう、随分ありました。最初に海軍の研究所へ連れられて来たその日にも、ありました。」・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ 己はぞっとしてエルリングの顔を見た。「溜まるまいじゃないか。冬寒くなってから、こんな所にたった一人でいては。」 エルリングは、俯向いたままで長い螺釘を調べるように見ていたが、中音で云った。「冬は中々好うございます。」 己は・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫