・・・彼の妹は妹と云っても、彼よりもずっと大人じみていた。のみならず切れの長い目尻のほかはほとんど彼に似ていなかった。「その子供は今年生れたの?」「いいえ、去年。」「結婚したのも去年だろう?」「いいえ、一昨年の三月ですよ。」 ・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・けれども子供がいつでも大人の家来じゃないからな。一同 そうだとも。花田 じゃいいか。俺たち五人のうち一人はこの場合死ななけりゃならないんだ。あとの四人が画を描きつづけて行く費用を造り出すための犠牲となって俺たちのグループから消え・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・饑渇に迫られ、犬仲間との交を恋しく思って、時々町に出ると、子供達が石を投げつける。大人も口笛を吹いたり何かして、外の犬を嗾ける。そこでこわごわあちこち歩いた末に、往来の人に打突ったり、垣などに打突ったりして、遂には村はずれまで行って、何処か・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・歴史とは大人物の伝記のみとカーライルの喝破した言にいくぶんなりともその理を認むる者は、かの慾望の偉大なる権威とその壮厳なる勝利とを否定し去ることはとうていできぬであろう。自由に対する慾望とは、啻に政治上または経済上の束縛から個人の意志を解放・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・た藤の花を指して、連の職人が、いまのその話をした時は…… ちょうど藤つつじの盛な頃を、父と一所に、大勢で、金石の海へ……船で鰯網を曵かせに行く途中であった…… 楽しかった……もうそこの茶店で、大人たちは一度吸筒を開いた。早や七年も前・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・十八を頭に赤子の守子を合して九人の子供を引連れた一族もその内の一群であった。大人はもちろん大きい子供らはそれぞれ持物がある。五ツになるのと七ツになる幼きものどもが、わがままもいわず、泣きもせず、おぼつかない素足を運びつつ泣くような雨の中をと・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・この彦太楼尾張屋の主人というは藐庵や文楼の系統を引いた当時の廓中第一の愚慢大人で、白無垢を着て御前と呼ばせたほどの豪奢を極め、万年青の名品を五百鉢から持っていた物数寄であった。ピヤノを買ったのも音楽好きよりは珍らし物好きの愚慢病であった。が・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・といって、朝から晩まで、子供や、大人がこの店頭へ買いにきました。はたして、絵を描いたろうそくは、みんなに受けたのであります。 すると、ここに不思議な話がありました。この絵を描いたろうそくを山の上のお宮にあげて、その燃えさしを身につけて、・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・ 私は前に大人が大勢立っているので、よく見えません。そこで、乳母の背中におぶさりました。すると、そのお爺さんのしゃべっている事がよく聞えて来ました。「ええ。お立ち合いの皆々様。わたくしは皆様方のお望みになる事なら、どんな事でもして御・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・ ところが、そんな優しい母親が、近所の大人たちに言わせると継母なのです。この子どこの子、ソバ屋の継子、上って遊べ、茶碗の欠けで、頭カチンと張ってやろ。こんな唄をわざわざ教えてくれたのはおきみ婆さんで、おきみ婆さんはいつも千日前の常盤座の・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫