・・・――猶予未だ決せず、疑う所は神霊に質す。請う、皇愍を垂れて、速に吉凶を示し給え。」 そんな祭文が終ってから、道人は紫檀の小机の上へ、ぱらりと三枚の穴銭を撒いた。穴銭は一枚は文字が出たが、跡の二枚は波の方だった。道人はすぐに筆を執って、巻・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 友人もうすうす聴いていたのか、そこで夏中の事件を問い糺すので、僕はある程度まで実際のところを述べた。それから、吉原へ行こうという友人の発議に、僕もむしゃくしゃ腹を癒すにはよかろうと思って、賛成し、二人はその道を北に向って車で駆けらした・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・と問い返したが返辞が無かったので、すぐとまた、「じゃあ誰の世話にもならないでというんだネ。」と質すと、源三は術無そうに、かつは憐愍と宥恕とを乞うような面をして微に点頭た。源三の腹の中は秘しきれなくなって、ここに至ってその継子根性・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・しかし、それを自身が殉教者みたいに、いやに気取って書いていて、その苦しさに襟を正す読者もあるとか聞いて、その馬鹿らしさには、あきれはてるばかりである。 人生とは、ただ、人と争うことであって、その暇々に、私たちは、何かおいしいものを食べな・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・輿論を訂正するということは、これは並たいていの仕事ではない。私には、利用すべき地位もない、権力もない、お金もない、何も無い。ただ、ペン一本で、こうして考え考えしながら一字、一字、書いて、それを訂正して行こうとしているのだから、心許ない話であ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 私はこのような考えを正す目的で、時々最寄りの停留所に立って、懐中時計を手にしては、そこを通過する電車のトランシットを測ってみた。その一例として去る六月十九日の晩、神保町の停留所近くで八時ごろから数十分間巣鴨三田間を往復する電車について・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・三 人種の発達と共にその国土の底に深くも根ざした思想の濫觴を鑑み、幾時代の遺伝的修養を経たる忍従棄権の悟りに、われ知らず襟を正す折しもあれ。先生は時々かかる暮れがた近く、隣の家から子供のさらう稽古の三味線が、かえって午飯過ぎ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ はなはだしきは道徳教育論に喋々するその本人が、往々開進の風潮に乗じて、利を射り、名を貪り、犯すべからざるの不品行を犯し、忍ぶべからざるの刻薄を忍び、古代の縄墨をもって糺すときは、父子君臣、夫婦長幼の大倫も、あるいは明を失して危きが如く・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・ この際、同志小林多喜二の業績の評価に当って基準となるべき諸点を概括し、それによって、誤謬を含む見解を正すとともに、評価を統一することは、わが「コップ」中央協議会の責務の一つであると信じる。プロレタリア文化・文学運動の今後の正しい発展は・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価に寄せて」
出典:青空文庫