・・・両足を揃えて真直に立ったままどっちにも倒れないのを勝にして見たり、片足で立ちっこをして見たりして、三人は面白がって人魚のように跳ね廻りました。 その中にMが膝位の深さの所まで行って見ました。そうすると紆波が来る度ごとにMは脊延びをしなけ・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
ずっと早く、まだ外が薄明るくもならないうちに、内じゅうが起きて明りを附けた。窓の外は、まだ青い夜の霧が立ち籠めている。その霧に、そろそろ近くなって来る朝の灰色の光が雑って来る。寒い。体じゅうが微かに顫える。目がいらいらする。無理に早く・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・読む人々も、かくては筋骨逞しく、膝節手ふしもふしくれ立ちたる、がんまの娘を想像せずや。知らず、この方はあるいは画像などにて、南谿が目のあたり見て写しおける木像とは違えるならんか。その長刀持ちたるが姿なるなり。東遊記なるは相違あらじ。またあら・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ 音が通い、雫を帯びて、人待石――巨石の割目に茂った、露草の花、蓼の紅も、ここに腰掛けたという判官のその山伏の姿よりは、爽かに鎧うたる、色よき縅毛を思わせて、黄金の太刀も草摺も鳴るよ、とばかり、松の梢は颯々と、清水の音に通って涼しい。・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・とりなりの乱れた容子が、長刀に使ったか、太刀か、刀か、舞台で立廻りをして、引込んで来たもののように見えた。 ところが、目皺を寄せ、頬を刻んで、妙に眩しそうな顔をして、「おや、師匠とおいでなすったね、おとぼけでないよ。」 とのっけ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・で、般若は一挺の斧を提げ、天狗は注連結いたる半弓に矢を取添え、狐は腰に一口の太刀を佩く。 中に荒縄の太いので、笈摺めかいて、灯した角行燈を荷ったのは天狗である。が、これは、勇しき男の獅子舞、媚かしき女の祇園囃子などに斉しく、特に夜に入っ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・しかし、お小姓に、太刀のように鉄砲を持たしていれば、大将様だ。大方、魔ものか、変化にでも挨拶に行くのだろう、と言うんです。 魔ものだの、変化だのに、挨拶は変だ、と思ったが、あとで気がつくと、女連は、うわさのある怪しいことに、恐しく怯えて・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 家なみから北のすみがすこしく湖水へはりだした木立ちのなかに、古い寺と古い神社とが地つづきに立っている。木立ちはいまさかんに黄葉しているが、落ち葉も庭をうずめている。右手な神社のまた右手の一角にまっ黒い大石が乱立して湖水へつきいで、その・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・僕のではない、他の中隊の一卒で、からだは、大けかったけど、智慧がまわりかねた奴であったさかい、いつも人に馬鹿にされとったんが『伏せ』の命令で発砲した時、急に飛び起きて片足立ちになり、『あ、やられた! もう、死ぬ! 死ぬ!』て泣き出し、またば・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・と思って、佇立って「森さんですか、」と声を掛けると、紳士は帽子に手を掛けつつ、「森ですが、君は?」「内田です、」というと、「そうか、」と立ちながら足を叩いて頽れるように笑った。「宜かった、宜かった、最少し遅れようもんなら復た怒られる・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
出典:青空文庫