・・・戸棚もたっぷりあったし、東は相当広い縁側で、裏へ廻れるように成ってもいる。 陽子は最後に、「賄はしてくれるんでしょうか」と念を押した。「へえ、どうせ美味しいものは出来ませんですが、致して見ましょう」「賄ともで幾何です?」・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・誰からも愛されず、内心では互にさげすみつつ、食物のたっぷりした処を探しては自分で食って来るので、どうにか此年月が過て来た。 二 この瞬間が、いつ迄続くものだろう。 真先にここに気づいた仙二は、さすが青年・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・壁によせて長火鉢が置いてあるが、小さい子が三人並ぶゆとりはたっぷりある。柿の花が散る頃だ。雨は屡々降ったと思う。余り降られると、子供等の心にも湿っぽさが沁みて来る。ぼんやり格子に額を押しつけて、雨水に浮く柿の花を見ている。いつまでも雨が降り・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・此の世に満々たる美しさ、愛すべきものを、彼はたっぷりした資質に生れ合わせた男らしく、どれものこさず、ぶつかり合わず、調和そのものに歓喜を覚えるような概括で、自分の芸術に生かしてみたく思ったのだろう。そこから出発して宗達は賢くも、樹木、流木、・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・ではあったが、たっぷりあって、去年も、その前の年の暮にもしたように、稲子さんの子供たちと半分ずつわけようと、潰さないようにもっているのであった。「じゃあ、ともかく稲子さんのところへ行ってみましょう」「それがいいです、じゃ、いずれ――・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・なるほど私たちは観ている中に思わず唸るほどたっぷり沙漠を見せられるが、その沙漠はただ風が吹き暴れたり、陽が沈んだり、夜が明けたりする変化に於てだけとらえられている。反復が芸術的に素朴な手法でされているものだから、希望される最も低い意味での風・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・白いたっぷりある髯が腮の周囲に簇がっている。 戸をこつこつ叩く音がする。「Entrez !」 底に力の籠った、老人らしくない声が広間の空気を波立たせた。 戸を開けて這入って来たのは、ユダヤ教徒かと思われるような、褐色の髪の濃・・・ 森鴎外 「花子」
・・・銀杏返しに結って、体中で外にない赤い色をしている六分珠の金釵を挿した、たっぷりある髪の、鬢のおくれ毛が、俯向いている片頬に掛かっている。好い女ではあるが、どこと云って鋭い、際立った線もなく、凄いような処もない。僕は一寸見た時から、この男の傍・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・三時間はたっぷりかかりますやろ。悴が死にかけていますのじゃ、間に合せておくれかのう?」 四 野末の陽炎の中から、種蓮華を叩く音が聞えて来る。若者と娘は宿場の方へ急いで行った。娘は若者の肩の荷物へ手をかけた。「・・・ 横光利一 「蠅」
・・・その幅の広い両肩の上には、哲学者のような頭が乗っている。たっぷりある、半明色の髪に少し白髪が交って、波を打って、立派な額を囲んでいる。鼻は立派で、大きくて、しかも優しく、鼻梁が軽く鷲の嘴のように中隆に曲っている。髭は無い。口は唇が狭く、渋い・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫