・・・けれどもそれはまだ大目にも見られよう。私はもっと卑しかった。もっと、もっと醜かった。夫の身代りに立つと云う名の下で、私はあの人の憎しみに、あの人の蔑みに、そうしてあの人が私を弄んだ、その邪な情欲に、仇を取ろうとしていたではないか。それが証拠・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・そこで、当番御目付土屋長太郎、橋本阿波守は勿論、大目付河野豊前守も立ち合って、一まず手負いを、焚火の間へ舁ぎこんだ。そうしてそのまわりを小屏風で囲んで、五人の御坊主を附き添わせた上に、大広間詰の諸大名が、代る代る来て介抱した。中でも松平兵部・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・繁雑な日本の tiquette も、ズボンだと、しばしば、大目に見られやすい。僕のような、礼節になれない人間には、至極便利である。その日も、こう云う訳で、僕は、大学の制服を着て行った。が、ここへ来ている連中の中には、一人も洋服を着ているもの・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」 老婆は、大体こんな意味の事を云った。 下人は、太刀を鞘におさめて、その太刀の柄を左の手でおさえながら、冷然として、この話を聞いていた。・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・かわりめ毎に覗き覗きした芝居も、成田屋や五代目がなくなってからは、行く張合がなくなったのであろう。今も、黄いろい秩父の対の着物に茶博多の帯で、末座にすわって聞いているのを見ると、どうしても、一生を放蕩と遊芸とに費した人とは思われない。中洲の・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・卯の花のたえ間をここに音信るるものは、江戸座、雪中庵の社中か、抱一上人の三代目、少くとも蔵前の成美の末葉ででもあろうと思うと、違う。……田畝に狐火が灯れた時分である。太郎稲荷の眷属が悪戯をするのが、毎晩のようで、暗い垣から「伊作、伊作」「お・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・あんなやつもめったにゃねえよ、往来の少ない処なら、昼だってひよぐるぐらいは大目に見てくれらあ、業腹な。おらあ別に人の褌襠で相撲を取るにもあたらねえが、これが若いものでもあることか、かわいそうによぼよぼの爺さんだ。こう、腹あ立てめえよ、ほんに・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・その辺は大目に、いえ、お耳にお聞溢しを願いまして、お雪は面映気に、且つ優らしく手を支え、「難有う存じます、どうぞ、……」 とばかり、取縋るように申しました。小宮山は、亭主といい、女中の深切、お雪の風采、それやこれや胸一杯になりまして・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・その中に同じ故郷人が小さな軽焼屋の店を出していたのを譲り受け、親の名を継いで二代目服部喜兵衛と名乗って軽焼屋を初めた。その時が十六歳であった。屋号を淡島屋といったのは喜兵衛が附けたのか、あるいは以前からの屋号であったか判然しない。商牌及び袋・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 戦時は艦内の生活万事が平常よりか寛かにしてあるが、この日はことに大目に見てあったからホールの騒ぎは一通りでない。例の椀大のブリキ製の杯、というよりか常は汁椀に使用されているやつで、グイグイあおりながら、ある者は月琴を取り出して俗歌の曲・・・ 国木田独歩 「遺言」
出典:青空文庫