・・・ 三毛は明らかな驚きと疑いと不安をあらわしてこの新参の仲間を凝視していた。ちび猫は三毛を自分の親とでも思いちがえたものか、なつかしそうにちょこちょこ近寄って行って、小さな片方の前足をあげて三毛にさわろうとする。三毛は毒虫にでもさわられた・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・「お絹ばあちゃがお弟子にお稽古をつけているのを、このちびさんが門前の小僧で覚えてしまうて……」祖母は気だるそうに笑っていた。 それがすむと、また二つばかり踊ってみせた。御褒美にバナナを貰って、いつか下へおりていった。「ここでも書・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・「僕やお前が若いと思ってちび扱いにするんだ。代りなんかいくらでもあるよ。――僕だって先刻まで其那気はなかったんだが――」 彼女は寝台の端に腰をかけ、憤ったような揶揄うような眼付で、意地わるくじろじろ良人の顔を視た。「仰云る気がな・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・こんな女の人が、一太の始終見るような女の子で、またおっかちゃんもちびな子供で遊んだということが真に不思議であった。一太は極りの悪そうな横坐りをしてニヤニヤ笑った。「あなたお幾つ? 家の武位かしら!」「一太、幾つですかって」「十」・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ 春陽堂文庫に訳されているアルフォンス・ドーデの小説「ちび公」は苦難な少年の成長の過程を物語って私たちの心をうった物語である。南フランスから出て来たドーデが巴里でそのような可憐ないくつかの小説を書きはじめた時分、小さな一人の男の子が書斎・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・「そうねえ何んしろ繩だもの、きっと殺されるのねえ、あれは…… だけど私あの時は、可哀そうより気味の好い方が沢山だったわ、ほんとにもう何かと云っては、 『おちび! おちび! お前さんに何が出来る、え、って云っちゃあいじめたんだ・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
・・・ 母さえ幾らか打ち興じて、テーブルの上に大きい厚い五十銭銀貨を一枚先頭に置いて次にそれより小さい二十銭の銀貨、ちびな十銭、白銅が二枚、でっくりの二銭銅貨、一銭、あとぞろりとけちな五厘銅貨を並べた。「ふーむ」 到頭一円を、百銭にし・・・ 宮本百合子 「百銭」
・・・着物を着換え、顔を洗ってから、庭に出る。ちびた下駄を穿いて昼までぶらぶら歩き廻る。午後昼寝。また散歩。夕飯後風呂に入ってきっちり八時には床に入った。九時には婆やが燈を消して歩くのだが、その間に口を利くのは朝御用ききが来たときだけであった。笑・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・突かれた方のは、やっと立ってる位のちびの頭の毛を掴んで水へ突込みそうにしてはギャアギャア云わせていたのだ。池の岸に赤セルロイドのしゃぼん箱のふたがころがっていた。 池を眺めて並木路が通っている。木の根っこのこぶに腰かけて半ズボンの男の子・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・ 増田博士は胡坐を掻いて、大きい剛い目の目尻に皺を寄せて、ちびりちびり飲んでいる。抜け上がった額の下に光っている白目勝の目は頗る剛い。それに皺を寄せて笑っている処がひどく優しい。この矛盾が博士の顔に一種の滑稽を生ずる。それで誰でも博士の・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
出典:青空文庫