・・・ けれども、福田も、帰還者名簿中に、チャンと書きこまれていた。 そういう例は、まだ/\他にもあった。 無断で病院から出て行って、三日間、露人の家に泊ってきた男があった。それは脱営になって、脱営は戦時では銃殺に処せられることになっ・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・「清はチャンチャンとも話が出来るんかいや?」おしかも楽しそうに話しかけた。清三は海水浴から帰って本を出してきているところだった。「出来る。」「そんなら、お早よう――云うんは?」「……」「ごはんをお上り――はどういうんぞい・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・浪ちゃんだってあの禽のように自由だったら嬉しいだろうじゃあないか。」と云うと、お浪はまた新に涙ぐんで其言には答えず、「それ、その通りだもの。おまえにやまだ吾家の母さんだのわたしだのが、どんなにおまえのためを思っているかが解らないのか・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ この高慢税を納めさせることをチャンと合点していたのは豊臣秀吉で、何といっても洒落た人だ。東山時分から高慢税を出すことが行われ出したが、初めは銀閣金閣の主人みずから税を出していたのだ。まことに殊勝の心がけの人だった。信長の時になると、も・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・返って来ればチャンと膳立てが出来ているというのが、毎日毎日版に摺ったように定まっている寸法と見える。 やがて主人はまくり手をしながら茹蛸のようになって帰って来た。縁に花蓙が敷いてある、提煙草盆が出ている。ゆったりと坐って烟草を二三服ふか・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・「さあ、お前はお湯へいっておいでよ、その間にチャンとしておくから。 手拭と二銭銅貨を男に渡す。片手には今手拭を取った次手に取った帚をもう持っている。「ありがてえ、昔時からテキパキした奴だったッケ、イヨ嚊大明神。と小声で囃して・・・ 幸田露伴 「貧乏」
此処を出入りするもの、必ずこの手紙を読むべし。 君チャンノオ父ッチャハ、工場デヤスリヲトイデイルウチニ、グルグルマワッテ居ルト石ガカケテトンデキテ、ソレガムネニアタッテ、タオレテ家ヘハコバレテキタノ。オイシャハ氷デ・・・ 小林多喜二 「テガミ」
・・・扉が小さい室に風を煽って閉まると、ガチャン/\と鋭い音を立てゝ錠が下り、――俺は生れて始めて、たった独りにされたのだ。 俺は音をたてないように、室の中を歩きまわり、壁をたゝいてみ、窓から外をソッと覗いてみ、それから廊下の方に聞き耳をたて・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・若しも上田の進ちゃんまでやられたとすれば、事件としても只事でない事が分るし、又若しまだやって来ていないとすれば、始末しなければならない事もあるだろうし、直ぐ知らせなければならない人にも、知らせることが出来ると思ったからである。争われないもの・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・日ごろ、次郎びいきの下女は、何かにつけて「次郎ちゃん、次郎ちゃん」で、そんな背の低いことでも三郎をからかうと、そのたびに三郎はくやしがって、「悲観しちまうなあ――背はもうあきらめた。」 と、よく嘆息した。その三郎がめきめきと延びて来・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫