・・・ その近山の裾は半ば陰ったが、病院とは向う合せに、この畷から少し低く、下りめになって、陽の一杯に当る枯草の路が、ちょろちょろとついて、その径と、畷の交叉点がゆるく三角になって、十坪ばかりの畑が一枚。見霽の野山の中に一つある。一方が広々と・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・、内に入りますと貴方どうでございましょう、土間の上に台があって、荒筵を敷いてあるんでございますよ、そこらは一面に煤ぼって、土間も黴が生えるように、じくじくして、隅の方に、お神さんと同じ色の真蒼な灯が、ちょろちょろと点れておりました。とお・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・「お京さん、いきなり内の祖母さんの背中を一つトンと敲いたと思うと、鉄鍋の蓋を取って覗いたっけ、勢のよくない湯気が上る。」 お米は軽く鬢を撫でた。「ちょろちょろと燃えてる、竈の薪木、その火だがね、何だか身を投げた女をあぶって暖めて・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ちょうどこのとき、太陽は、ちょろちょろと、白い煙をあげている煙突に向かって、「このごろは、なかなかお忙しいようだが、おもしろいことがありますか。」と、にこやかに笑って、太陽は聞きました。 煙突は、いつもは、黙って、陰気な顔をしてふさ・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・ みけは かんがえながら おうちへ かえると、ちょうど ねずみが、まどの 上へ ちょろちょろと のぼりました。 これを みつけた みけは 目を まるく しました。 ねずみは といを つたって、えだに ついた 赤い かきを たべに・・・ 小川未明 「みけの ごうがいやさん」
・・・どそんな噂が立つのも無理はあるまいという想いにいきなり胸をつかれたが、同時に佐伯の生活にはもはや耳かきですくうほどの希望も感動も残っていず、今は全く青春に背中を向け、おまけにその背中を悔恨と焦躁の火でちょろちょろ焼かれているのではないかと思・・・ 織田作之助 「道」
・・・窪地には、泉からちょろちょろ流れ出す水がたまって、嘉七の背中から腰にかけて骨まで凍るほど冷たかった。 おれは、生きた。死ねなかったのだ。これは、厳粛の事実だ。このうえは、かず枝を死なせてはならない。ああ、生きているように、生きているよう・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・君はまさしく安易な逃げ路を捜してちょろちょろ走り廻っている鼬のようです。実に醜い。君は作品の誠実を、人間の誠実と置き換えようとしています。作家で無くともいいから、誠実な人間でありたい。これはたいへん立派な言葉のように聞えますが、実は狡猾な醜・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・こんな工合いに、耳朶をちょろちょろとくすぐりながら通るのは、南風の特徴である。 見渡したところ、郊外の家の屋根屋根は、不揃いだと思わないか。君はきっと、銀座か新宿のデパアトの屋上庭園の木柵によりかかり、頬杖ついて、巷の百万の屋根屋根をぼ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・はじめ軒端を伝って、ちょろちょろ、まるで鼠のように、青白い焔が走って、のこぎりの歯の形で、三角の小さい焔が一列に並んでぽっと、ガス燈が灯るように軒端に灯って、それから、ふっと消える。軒端の材木から、熱のためにガスが噴き出て、それに一先ず点火・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫